ドゥドゥと、瀑布のそれにも似た轟音を立てる、天頂と本堂を貫く翳り帯びた光の筋を見上げながら、石段へと彼等が足を掛ければ。
「ふっ…………」
一度は閉ざした瞼を開き、柳生は嗤いを洩らした。
「…………何がおかしい」
薄くて力無い、けれど確かに耳を打った嗤いに、龍麻達は足を留める。
「龍脈が、貴様等に齎した『力』。そして貴様等を、ここへと導いた、宿星、か……。……ふ……ふははははは……。……ああ、貴様等は確かに、龍脈に、宿星に、選ばれし者達なのかも知れん……」
「引導、渡し損ねたか? 大人しく成仏しろってんだよ」
足先を留め、地に倒れたままの男を振り返り、京一は、チャキリと刀の鍔を鳴らした。
「……認めてやる。…………ああ、認めてやろう。貴様等がほざいた通り、俺も又、ヒトだったのかも知れん。百三十年の長きに亘り、この姿のままこの世を生き続けて来た俺も又、ヒトであったのやも、と。……これが、運命だと言うなら。貴様達が、紛うことなく、龍脈や宿星に選ばれし者達だと言うなら。俺も又、ヒトでしか有り得なく。この日、この時、この地に黄龍を降臨せしめる為だけに、俺は在ったのかも知れん……」
「…………てめえ、何を、言って…………」
「……そうだ、俺という存在も、俺という存在が見た夢も、全ては、龍脈の、黄龍の為だけに…………。…………もう、遅い。貴様等が何を望もうと、何を護ろうと。遅過ぎる。陰の器に、黄龍は降りた。…………俺は、貴様等と同じ、ヒトだったかも知れん。俺という存在の全ては、黄龍の掌の上で、唯ひたすら踊っていただけかも知れん。……だがな! 真実が何処にあろうと! 全て、運命が記した道筋であろうと! 何も彼も、もう遅いのだっ。貴様等が、俺の屍を踏み越え黄龍に立ち向かおうとも、世界をも塗り替える『力』に、貴様等如きが敵う筈は無い! 俺のこの身が塵と成り果てても、その後にやって来る世界は、長きに亘り俺が望んだ、混沌だけに塗り籠められる、陰の世界だ! 勝ったのは……望みを果たすのは…………──」
今にも、己の心臓目掛けて刀を投げそうな素振りを見せる京一を、何故か彼は、じっ……と見詰めて、やけに意味深長な嗤いを浮かべ。
「………………心に留めておくが良い。貴様達が、生まれながらに持つ『星』も、宿星も、龍脈の『力』も。『一つの意思』によるモノではないと。『星』も宿星も龍脈も、それぞれ、司るモノは別だ。……それが、『運命』。貴様等とて所詮は、運命の掌の上。…………運命の中で、我が望む世界の完成を、その目で見ると良い…………」
彼は、瞼を閉ざした。
もう二度と、開かれることないそれを。固く。
「…………………………運命なんざ、クソ喰らえだ」
「……行こう、京一」
面を覆う赤い髪の中、永遠に閉ざされた瞳を眺め、投げ付ける寸前だった刀を下ろし、毅然と京一は呟いて。
龍麻は、本堂入口へと向き直った。
迸る『力』と、陰の器待つ、そこへと。
厚い木で造られた本堂の引き戸を蹴り破り、踏み込んだ、広い板張りの間には。
柳生が身に着けていた天龍院高校の物と同じ型の、が、色だけは漆黒の制服を纏った長髪の少年が、一人、ぽつっと佇んでいた。
灯り一つない本堂内は、龍脈の光の筋が届く所為か、昼の野外と見紛う程に明るく、己達を確かに見遣っている、しかし、ナニモノも映してはいない洞のような瞳を、仲間達は容易く見付けた。
「君が、陰の黄龍の器……?」
──柳生宗崇の施した外法によって創り上げられた、人工の器。
あの男が、世界を我が手にしようと蠢き出すまでは、極普通の高校生として、天龍院高校に通っていたのだろう少年。
それが、眼前の彼だ。
……ならば、今ここにいることは、本来の彼の望みではない筈。
今なら、未だ。
最強の龍脈の力を注がれようとも、ヒトとして佇み続けている彼になら、想いも言葉も、通じるかも知れない。
………………そう思い、龍麻は、少年へと声を掛けた。
「ウ…………」
しかし、呻き以外の応えは返らなかった。
「君……?」
「我が……名……。我が名は……。我が名はぁぁぁっ!!」
「……っ! 君っ!」
「…………ひーちゃん。諦めろ。多分、もう、駄目だ。あいつには、言葉も通じない。こればっかりは、もう、間に合わない……」
苦し気に身を捩りながら、到底、意思や理性があるとは思えぬ叫びを上げる少年に、龍麻は息を詰め、傍へと駆け寄ろうとしたが、腕を引き、京一はそれを留める。
獣の咆哮の如き叫びを放つ少年の体が、今、この場を満たす龍脈と同じ、翳りを帯びた黄金色に輝き始めたから。
「でもっ。だけど……っ! 彼が今ああなのは、柳生の所為で……っ……」
「……そうだな。そいつの所為じゃねえ。…………でも、もう、間に合わない。お前にだって、判ってるだろ? 俺達に出来ることは、楽にしてやることくらいだ……」
「京一……っ」
そうして彼は、龍麻の腕を掴んだ手で、ポン、と一度、その頭
「目、閉じてろ。見たくないモンを、見る必要なんかねえよ」
自我すら奪われた少年へと、近付いて行った。
「……………………この……っ。三歩歩けば約束も忘れる、ボケナス鳥頭っ」
と、その背へ、今度は龍麻が腕を伸ばした。
「あ? ボケナス鳥頭だぁ?」
「そうだよっ。鳥頭だろうっ、京一はっ。…………俺が辛いと思うことは、京一だって辛いと思う筈だって、俺、言ったろう……? 京一だけに、そんな想い、させたくないよ。──目を閉じてるなんて、俺には出来ない。京一だけに、それを負わせることだって。……彼が、陰の器で、俺が、陽の器だって言うなら、多分、俺こそが、それをしなきゃいけないんだから」
今。
この期に及んで。
もしも叶うなら、陰の器とされた少年を救いたい、けれど救えないと、その瞳を揺らしつつも、ムッと唇を尖らせながら京一の腕を掴んだ龍麻は、怒ったように捲し立て、一歩、相棒よりも先んじた。
「……半分こ、ってか。………………そうだったな……」
だから京一は、ふっ……と、淡く微笑んで。
──肩を並べた二人は、片や拳を、片や霊刀を、ゆるり、と振り上げ。
………………が。