「はあ? 黄龍だろう? それ以外の何だって……。……ん?」

劉が見遣った方向へ視線を巡らせた雨紋は、何を言い出すのかと呆れ掛け、が、彼も又、首を捻った。

「何カ、キラキラ、トスル物ガ……」

「珠、か? 以前、醍醐達が五色不動尊に納めていた珠に、よく似ている」

二人に釣られ、アランと紫暮も、彼等が見遣っている方へと目を向けて、口々に言い出し。

「宝石みたい…………」

何時如何なる時も肩に乗せている愛猫のメフィストを抱き締めながら、亜里沙と舞子の影より顔を覗かせたマリィは、ぽつっと呟いた。

──……そう、人々が見遣るそこには。

それまで、彼等と黄龍以外、何も存在していなかった筈のこの空間に、何時の間にやら現れた、宝玉のようなモノが浮かんでいた。

宝玉、というには少々巨大過ぎるきらいもあるが、形も色も、宝玉、と例えるに相応しい珠達だった。

赤が二つ、青が二つ、白が二つ、黒が二つの、計八つの珠。

その八つの珠は、四色を一組とした二つの塊に分かれており、一組は黄龍の右前脚付近に、もう一組は左前脚付近に、ふわふわと浮かんでいた。

「何だって言うのかしらね。第一、あんな珠、何時の間に湧いて出たってのさ」

怯える風に珠を見詰めるマリィの頭を優しく撫でながら、大丈夫だよぉ、と慰める舞子の傍らで、亜里沙は苛立ったように、意味無く、得物の鞭をピシリと鳴らした。

………………と。まるで、それを合図としたかの如く、ふわふわと浮かんでいるだけだった珠達は、くるっと一度回転し、キラリ、と鈍い光を放ち。

コーーーン……、と、高く澄んだ、綺麗、とさえ言える音を響かせながら、赤、青、白、黒、それぞれの色が螺旋状に絡み合った光の柱を、彼等へ向け放出した。

それは光でありながら、火炎でもあり、濁流でもあり、疾風でもあり、雷光でもあり。

陰でもあり、陽でもあり。

受け止めようも、弾き返しようもない、予想だにしなかった攻撃を浴びせられ、龍麻達は皆、容赦無く吹き飛ばされた。

そうして、立ち上がる間すら与えず、もう一撃を、珠達は。

「くっ…………」

「……あっ……」

その、珠達を前に。

バタバタと倒された彼等は、軋み、痛みを訴える自身の体に従って、呻きを洩らすしか出来なかった。

四色一組に分かれている八つの珠より加えられた攻撃は、二撃。

……たった、二撃だと言うのに。

体は至る所が傷付き、血を流し、立ち上がる力さえ、彼等の誰も容易には取り戻せなかった。

「……洒落になってねえ……。…………ひーちゃん、無事か?」

「俺は、大丈夫……。京一は? 皆は……?」

「あー……。俺も連中も、ばっちり、とは言えねえが、未だ、無事は無事だな……。……さて、と。どうすっかね……」

頬に受けた一筋の傷より流れる、薄い血を肩口で拭って、刀を杖に、漸々京一は立ち上がり、左手の指先からタラリと血を滴らせた龍麻へ手を差し伸べてやる。

「考えなしに突っ込んで、何とかなるとは思えないからなあ……」

至極当然のように差し伸べられた手に、これ又、至極当然のように縋って立ち上がり、龍麻は少々、悩む気配を窺わせた。

「もしかして…………」

すれば、二人の傍らで、何とか身を起こした如月が、ポツリ、言い出す。

「いい知恵ある? 如月」

「いい知恵かどうかは判らないが。……黄龍は、天の四方を司る四神の長だというのは、君達も覚えているだろう? ……ならば。あの珠は、黄龍に仕える四神──即ち、青龍、白虎、玄武、朱雀の力が象徴化したものなのかも知れない」

「……だったら、どうだってんだ?」

「だと言うなら。少なくともあの珠の力は、四神の力で抑えられる。…………多分、だけれどもね」

「ああ、そうか……。そういうことなら、こっちにも四神の宿星が揃ってるから……。──如月、醍醐、アランにマリィ。任せるよ。皆は、四人のフォローに廻って。……俺は、黄龍の相手をするから」

「…………え? 待つんだ、龍麻君。君は、何を言い出して……?」

「何って、当然のことだけど。四神には四神を。なら、黄龍には黄龍を。……それが、一番効率良いと思うよ。アレは元々、陰の器で、俺は、陽の器。……違う?」

確証はないけれど、と、半分は、玄武の宿星に生まれついたが故の勘に従って如月が言い出したことに、納得の頷きを返し、龍麻は、それはそちらに任せる代わりに、黄龍の相手は自分がすると、さっさと向き直った。

「しかし……っ」

「大丈夫。一つ一つ、目の前のことから潰して行かなきゃ、だよ。だから先ずは、あの珠から。その為には、誰かが黄龍を食い止めなきゃ。……じゃ、そういうことで! 行こう、京一!」

「応っ! ──じゃあな、そっちは頼んだぜ、骨董屋っ!」

そうして彼は、相棒のみに声を掛け、行こう、と誘われた彼も又、当然のように頷き返して。

「……待つんだ! ……龍麻君、京一君…………龍麻! 京一っ!」

「アミーゴ! キョーチっ!」

如月やアランの声を振り切って、二人は駆け出して行った。

「龍麻お兄ちゃん……。京一…………」

「あの二人…………っ」

追い縋りたいけれど、それをする訳にはいかず、マリィと醍醐は、声音だけで二人を追って。

「………………信じましょう。龍麻君と京一君なら、きっと。……私達は、私達に託されたことをしましょう……」

生み出した、癒しの力で両手を輝かせつつ、葵は言った。

「…………運命、ですか……」

「…………未だ、判らない。判らないよ……。ミサちゃん達は、確立されてしまった未来を『識ってる』訳じゃない……」

──伝説の世界の生き物に、二人だけで挑んで行く彼等の背を眺めながら。

御門とミサの二人は、酷く、苦し気な表情を刹那浮かべた。