『そう』なのだろうか。

いや、『そう』であってくれ、と。

二人が願った通り。

背中越しに聴いたその音は、四神の力を象徴化させた珠達が、仲間達に封じられ、パキパキと砕け散って行く音だった。

八つの珠、全てが壊れた瞬間、黄龍は甲高い雄叫びを一声放ち、苦し気に身を捩らせた。

……珠の封印は、黄龍の封印にも通じていたのだろう。

彼等の目の前で、苦しみ、悶え、のたうち回り始めた黄金の龍は、やがて。

その身を、キラキラと光る、小さな、数多の光の粒へと変えて、辺りに散った。

「………………終わっ……た……?」

「黄龍が……消えた…………」

「だよな? そうだよな? 幻じゃねえよな……」

「珠を封じられれば、俺達の勝ちだった、ってこと…………?」

光で出来た雪のように舞い散り、そして降り頻る、黄龍の欠片だったそれを浴びながら、呆然と、京一と龍麻は、伝説の生き物が消え失せた虚空を眺め、これが夢でなく、現実であるのを確かめるように、幾度か激しく瞬きをして。

「…………は……はははは……」

「……あははは……あはははははは……」

不意に込み上げて来た笑いを、素直に零し。

「やったな、ひーちゃん!」

「終わった……。終わったよ、京一!」

嬉しそうに肩を組み合うと、そのままその場に、へたり込んだ。

「もう、動けねえ……。もー限界……」

「俺もー……」

「……あ。連中は?」

「んー? ……あはは、皆も、もう限界だったみたい。玉砕中」

へたり込んだそこに、大の字で寝転がって、京一は、襲い来た疲れに身を委ね、龍麻も、ベタッと転がりながら、少し離れた場所で、己達と同じようにへたり込んでいる仲間達を見遣り、皆、大丈夫と、又笑った。

「結界が晴れたら、俺達全員、不審者だな。上野公園のど真ん中で、ボロボロになって引っ繰り返ってる、胡散臭いコーコーセーの一団、だもんなー。サツ呼ばれる前に、何とか逃げねえと」

「うん。三が日から、上野公園でコーコーセーが集団で喧嘩でもしたのかって、思われそう」

「でも、もう一寸、このまま転がっててぇなあ……」

「俺もー。……ホントに、体動かないや」

──もう間もなく、結界も晴れ行くだろう。

そうなる前に、ズタボロの体を引き摺ってでも、この場から逃げ出さなければならないのは、判っているけれど。

今は未だ、動きたくない、と。

晴れやかな笑みを浮かべて笑い続け、二人も、残りの者達も、踞ることを止めなかった。

……………………………………だが。

ふっと、零し続けていた笑みを消して、徐に、京一と龍麻は身を起こす。

八つの宝玉は砕かれ、黄龍は塵となって四散し、全ては終わった筈なのに。

何時まで経っても、取り込まれた異界より、世界へと戻る口が、開かれようとしないのに気付いたが為。

「……おかしい」

「そうだね。幾ら何でも」

起き上がり、ノロノロと立ち上がって、異界の気配を窺いながら、仲間達へと二人は振り返り。

「おーい、御門! 何でだ?」

「何で俺達、何時まで経っても、ここから出られない?」

こういう現象に、最も詳しいだろう仲間を、彼等は呼ぶ。

「残念ながら、私にも。…………珠は封じられ、黄龍は消えたのです。理屈から言えば、私達は疾っくに、この世界から解放されていなければおかしいのですが……」

しかし、問われた御門も、肩を竦めるだけだった。

「何かあるのかな……。この世界から抜け出す為の鍵、とか……」

「鍵ったって……この空間に、俺達以外の何が在るってんだよ。第一よ、結界ってな、取り込まれた内側から、取り込まれた者の手で、壊せるもんなのか?」

「…………蓬莱寺。貴方は本当に、野生の勘だけは抜群ですね。感心しますよ、その、生存本能の強さには」

故に、御門でも判らないなんてと、一人、二人、と龍麻と京一が佇む場所へと仲間達は集まって来て、ブチブチと京一が言い出したことを御門は、『野生の勘だけで出来上がっている男』との科白で、暗に肯定した。

「どーゆー意味だ。野生の勘しか、俺にゃあねえってのか?」

「……まあまあ。口喧嘩してる場合じゃないよ、京一。友情深めるのは、ここから抜け出してから」

その言い種に、ギッと京一は瞳を細め、龍麻は二人の間に割って入り。

「あ、そうだ。……比良坂さん。比良坂さんは、何か判らない?」

「御免なさい、龍麻さん……。私にも……。ここは、私が視たことのある、どの世界とも違います。ここが何処なのかは、一寸……」

黄泉路をその目で視たことのある紗夜なら、ひょっとして、と彼女を振り返ったが、紗夜も又、首を振った。

「そっか……。うーん…………」

だから、一同は、どうしたものやらと、揃いも揃って困惑し。

……その時。

何も彼もが消え去って、何も彼もが終わった筈なのに。

再び、地の底から突き上げて来る如くな震動が、彼等を襲った。

「えっっ?」

「嘘だろっ?」

ぐらぐらと、空間毎体を揺すられ、揺れに耐えつつ彼等は叫ぶ。

…………揺れは、明らかに。

龍命の塔が復活を果たしたあの時と、同じそれだった。

そして、酷く酷く強かった震動がひと度収まった、次の刹那。

仲間達の脳裏──否、その異界の空間に、響き渡ったのは。

──────目醒めよ──────

…………声、だった。