──────目醒めよ──────
……それは、『力』持つ者達の、誰もが一度は耳にした、ナニモノの物とも判らない、声、だった。
高校三年生に進級したばかりの四月。
母校の旧校舎にて、痛い程に、京一達の脳裏に響いた……──。
「……何で、あの時の声がする? どうして? 何も彼も、終わった筈じゃねえのかっ。俺達自身の手で、たった今、終わらせたんじゃねえのかっっ!?」
辺り一杯に木霊するその声を聞き、刀の柄を握り直しながら、京一は頭上を睨み叫んだ。
「未だ、終わりではないと言うことか? でも、この上、何が起こると……」
「そうだよ、黄龍は消えたじゃないか! あの、八つもあった珠だって……」
醍醐も、キョロキョロと周囲に気を配りながら呟き、これ以上、何が起こる筈も無いと、小蒔は声を張り上げた。
「……何? この、満ちて行く何かは、何……?」
が、葵はふと、顔色を変え。
「…………………………まさか……これって……黄龍……?」
有り得ぬ名を呟く。
「や、やだな、葵。何言ってるのさ。黄龍は、消えたんだよ? ボク達皆、見たじゃないか、あの龍が消えてく処っ!」
呟かれた名に、小蒔は引き攣った笑みを拵えたが。
「………………うん。確かに、黄龍は消えたけど。この目で、それを見てたけど……。…………これは、黄龍、だ……」
龍麻は、この場に満ちて行くのは確かに、黄龍の気配以外の何物でもない、と頭上を仰いで。
──その時。
彼等の足許から唐突に、光の柱が競り上がり、ドゥ……という音と共に湧いたそれは、瞬く間に、彼等の頭上彼方を貫いた。
龍麻達を、飲み込みながら。
桜ヶ丘の正面玄関前の、短い石段に座り込んで、何処に隠していたのやら、何時しか取り出した酒を、チビリチビリと始めていた道心は。
「もう直ぐ、夜明けだな…………」
傍らに座る旧友に、「お前も呑むか?」と盃を渡してやりながら、本当に微かに白み始めて来た、東の空を見遣った。
「そうだな。もう間もなく、夜が明ける」
受け取った盃に注がれた、透明な酒を一息で煽って、龍山も又、空を見る。
「朝がやって来る頃には、この街の未来も、世界の未来も、定められておるのじゃろうな……。……子供達は、どうしていることやら……」
「ガキ共か? 言ったろう、放っといたって、あのガキ共は平気だ。……柳生の奴や、陰の器より、この街を護ることは。この世界を護ることは。あいつ等になら、必ず。………………だが……」
「…………だが、その先は……、か? お前が言い淀むことは」
一息で空けた盃を道心へと返しながら、龍山は、彼が言葉濁し続けていることを、自ら口にする。
「……そうだ。あいつ等には未だ、その先がある。……恐らく、でしかねえがな。…………あいつ等の……いや、弦麻の息子と、剣術馬鹿の馬鹿弟子の未来には、四つ、選択肢がある。……そろそろ、あった、と言った方がいいかも知れねえ時間だがな。……一つ目は、柳生の奴をぶっ倒して、陰の器も龍脈も、何も彼も封印する未来」
「二つ目は、その全てにしくじる未来」
「…………判ってんじゃねえか、易者。そして、三つ目は…………」
旧友……否、戦友が口にしたことへ、苦笑を洩らし、己も又、『そのこと』を語りながら。
道心は、酒瓶から直接、酒を煽った。
足許より競り上がって来た、太い光の柱に飲まれた自分達は、暫しの間、気を失っていたらしい、と。
四脚を投げ出す風に自身が倒れていた理由に気付き、糞っ垂れ……、と呟きながら、京一は何とか立ち上がった。
辺りには、己と同じように、仲間達がバタバタと倒れ伏していて、が、皆、意識を取り戻しつつあると悟り、ホッと安堵を洩らして、でも。
「……ひーちゃん…………?」
傍らに倒れている仲間達の中に、龍麻の姿だけが見当たらないと、慌てて彼は、相棒を探した。
「ひーちゃん? ひーちゃんっ! 龍麻っっ!!」
もう、刀を構えるのも困難なくらい、戦い続けた体は限界を訴えていて、一歩を踏み出すことすら、正直苦しかったが。
それでも、少しばかり離れた所に、一人佇んでいる龍麻の後ろ姿を見付けた彼は、名を呼びながら駆け寄った。
「返事くらいしやがれ! 大丈夫なのか? お前っ」
幾度も幾度もその名を口にし、走り寄り、傍らに肩を並べて立っても、龍麻は反応も示さなかった。
唯、軽く俯きながら、微動だにせず佇み続けるのみで。
「………………龍、麻……?」
戸惑いだけを、京一は覚えた。
それが、何なのか、は、よく解らなかったけれど。
確かな、異変を感じた。
「龍──。……っ!」
……親友の、相棒の、様子がおかしい。
そう悟り、彼はそうっと、龍麻の肩に手を伸ばし、しかし、相棒の、己よりは華奢な肩口に触れた途端。
バチリと、高圧の電流に触れたかのような衝撃に貫かれ、京一はそのまま、後方へと吹き飛ばされた。
「京一先輩っ!」
「大事ないか? 京一はんっ」
ダンっっと、激しく体を叩き付けて転がった彼を、霧島と劉が支え起こす。
「龍麻さん……?」
「龍麻君……?」
唯、肩口に触れただけ。
……それだけのことで、手も使わず、身動ぎも見せず、大切な相棒を吹き飛ばしてみせた龍麻を、紗夜と葵が、恐る恐る呼んだ。
「ひーちゃんっ? どうしちゃったのさっ!?」
小蒔は、どうして、ひーちゃんがこんなこと、と問い詰める風に、一歩、彼に近付き。
「…………止めろ。あいつに近付くな、小蒔……」
仲間達の手を借り、何とか、再び立った京一は、彼女の首根っこを引っ掴んで、醍醐の方へ放った。
「京一……?」
「あいつは…………。あいつは……『違う』」
──龍麻の様子がおかしいように、京一の様子もおかしくなった、と。
仲間達は訝し気に、彼と龍麻とを見比べて。
視線を注いで来る彼等へ、京一は言った。
「え?」
だから、仲間達は益々戸惑い。
それまで、唯、己が足先だけを見詰め、動こうともしなかった龍麻は、漸くその面を持ち上げ、緩く振り返り、相棒を見詰めた。
ふわっと、常と変わらぬ笑みを浮かべつつ。
けれど、京一は、そんな『龍麻』を睨み付けながら。
「………………龍麻を、何処にやった?」
──と、一言を。