誰よりも、何よりも大切に思っているだろう筈の『龍麻』を睨み付けながら、京一が言い出したことに。
仲間達は皆、ギクリと身を強張らせた。
その一言で、彼が何を言わんとしているのか理解出来た。
『龍麻』の異変の理由も、京一の様子が、そうであることの理由も。
道心が言っていた話も、彼等は思い出した。
『刻』がこう流れた今。黄龍は、放っておいても、『黄龍の器』に宿る、とのそれを。
……けれど。認めたくはなかった。
「何処、と言われても」
「恍けるな。生憎と俺は、まどろっこしいことは嫌いなんだよ。そっちが、人間様の言葉も判るってんなら、話は早い。黄龍だろう? お前。……龍麻を、何処にやった?」
だが、仲間達の誰にも、嘘だと叫ぶ間すら与えず、京一は、『龍麻』──黄龍へ、訴え始める。
「……………………? 我は、確かに黄龍であるが。緋勇龍麻でもある。何処にやった、と言われても困る。緋勇龍麻は緋勇龍麻として、『此処』にいる、としか言えぬ」
キリキリと、射殺しそうな視線で己を見詰めて来る彼へ、黄龍は、心底不思議そうに、龍麻当人を、彷彿させながら。
きょとん、と首を傾げた。
「……質の悪りぃ冗談に、付き合える気分じゃねえぞ、俺は」
「そう言われても。本当のことなのだから、仕方無い。──緋勇龍麻は、生まれながらにして『黄龍の器』だった。我を宿らせる為の器。『刻』の始まりから、そうと定められていた。その運命に従って、『刻』の到来を受け、我は、定められた器に宿り、器は、我を受け入れた。──『刻』の始まりから、我は緋勇龍麻で、緋勇龍麻は我だ。……それの、何が冗談なのだ?」
「てめぇな……。……俺のオツムの出来が、人一倍悪い所為か? てめえの言ってることが、俺にゃ、これっぽっちも理解出来ねえよ。てめえが龍脈の力の化身で、龍麻が黄龍の器だろうとも。てめえはてめえで、龍麻は龍麻だろうが」
「……だから。今、其方に語った通り。『刻』の始まりから、緋勇龍麻の身も心も、我を宿す為に存在していたのだから、緋勇龍麻の全ては、我の物であって、我に等しい。…………ああ、そうか。我が、緋勇龍麻として振る舞わぬから、其方は気に入らないと。そういうことだな?」
「…………はあ?」
「そうか。我がこの先、緋勇龍麻のように在れば、其方達は納得するのか。ならば、そのように振る舞おう。それで、其方……ああ、其方のことを、緋勇龍麻は、其方、とは呼ばぬか。──京一。これでいい? これで、納得してくれる? 俺は、俺だ、って」
──そうして、言葉遣いを改め。
其方と呼んでいた彼に、京一、と呼び掛け。
黄龍は微笑んだ。
龍麻をよく知る仲間達をしても、違和感も生じぬ程に完璧に、『緋勇龍麻』として。
「ふざけるなっ!!」
だが、それは、京一を心底怒り狂わせる行為だった。
「出て行けっつってんだよ、龍麻の中からっ!」
体中から湧き上がって来た怒りに任せ、彼は、刀を構える。
正眼に。今にも、打ち掛からんばかりに。
「……京一。これでも気に入らないの?」
「黙れ……。黙れよっ! 龍麻じゃねえのに、龍麻の声で、龍麻に化けて、俺の名前を呼ぶなっっ!!」
「………………全く……。では、どうすれば其方は気に入ると言うのだ?」
けれども、黄龍は。
龍麻そのものの口振りで語ることだけは止めたものの、怒りを露にしている京一の扱いも、自身の態度も、どのようにすれば良いのか掴み倦ねている風に、そして悲しそうに、顔を顰めた。
「黄龍のままで在ろうとすれば、其方は立腹する。ならばと、緋勇龍麻として在ろうとしても、其方の態度は変わらない。……それでは、我はどうしたら良いのか、判らぬ」
「どうしたらいいのか、判らない? ……んなこた、簡単だ。悩むようなことじゃねえだろ。てめえが、龍麻の中から出て行きゃいい」
「それは、叶わぬ。先程から言って聞かせているように、我は緋勇龍麻で、緋勇龍麻は我なのだから。こうして、器に収まった以上、出て行く、という訳には」
「……そうかよ。どうしても、てめえが龍麻の中から出て行かねえってんなら、力尽くだ」
困惑し切りに、悲しそうに顰められた、その面は。
見ているだけで、どうしようもなく胸が痛くなる、龍麻の泣き顔にそっくりで、一瞬、京一は顔を背けたくなったが。
眼前の彼は今、己の親友でも相棒でもないのだと、必死に言い聞かせ、奥義を放つべく、構えを取った。
「何故、其方がそんな真似をする?」
そうすれば、黄龍の面は益々、泣きそうに歪んで。
「てめえの聞き分けが悪いからだろうがっ! ──天地無双っ!」
でも、京一は、己の中の全てを抑え込み、最大奥義を放った。
多少、龍麻の体を傷付けてしまったとしても、龍麻である『龍麻』を取り戻す方が先だった。
しかし、一切の手加減なしの、渾身の奥義を、黄龍は、片腕の一振りで、文字通り、消し去り。
「やはり、生まれながらの器は、良いな。人の手により創られた器では、こうはいかなかった。……それに、其方も良い。満身創痍で、氣も尽き掛けて、そうして立っているのも本当はやっとのことだろうに。それでも、これだけのモノを繰り出せる。万全なら、もっと素晴らしいのだろうな。……良い。益々、良い」
泣き顔から一転、満面の笑みを浮かべて、小さくはしゃいでみせた。