その笑みも、小さくはしゃぐ姿も。

どうしようもなく、と言える程、酷く幼く。

京一も、呆然と成り行きを見守っていた仲間達も、刹那、脳裏に、赤子、という単語を過らせた。

己の心のままだけに泣き、己の心のままだけに笑う、嬰児。

龍麻を、己そのものだと言い、己を、龍麻そのものだと言う、眼前の黄龍は、彼等の目に、何も知らない幼子と映った。

京一の放った最大奥義でさえ、受け止めるでなく、一瞬にして消し去ってみせる、強大な力持つ、赤子。

「だが、やはり、我に向けて、そのような技を放ったことだけは頂けぬ。我には判らぬ。何故、其方がそんなことをするのか。其方は、黄龍の器──緋勇龍麻を。即ち、緋勇龍麻である我、黄龍を護る、選ばれし宿星なのに」

笑みつつ、はしゃぎながら、そこだけが気に入らないと、黄龍は少々ムッとしたようになって。

「其方達も、そう思わぬか?」

くるっと、自分達二人を少しばかり遠巻きに見守っていた少年少女達を振り返り、同意を求めた。

「………………てめえは、さっきから、何を言ってやがる……? それは、どういう意味だ……?」

故に、え? と。

仲間達……ミサと御門を除いた仲間達は、一様に困惑を見せ、京一も、訳が判らぬと、声を絞った。

「……ああ、成程。ひょっとして其方達、宿星に与えられた使命を、履き違えておるのではないか?」

すれば、ポン、と黄龍は、龍麻が時折そうするように、軽く両手を叩いて。

「何……?」

「ひと度は、否応無しに、陰の器に我は宿った。我という存在が、この地上に降臨する為には、器に収まらねばならぬから、そこに器が在るというなら、導かれしまま、我は宿るだけ。だが、陰の器は所詮、人の手により創られしモノだった。我を受け止めるには、何も彼もが足りなかった。従って、陰の器に宿った我は、自我さえ失くし、其方達と相対したが、そもそも、其方達と戦うことなど、我の本意ではなかった。故に、其方達が陰の器を封じ、我を解放し、こうして、生まれながらの黄龍の器に宿ってのち、我は其方達と、このように語り合っている。……ここまでは、良いか?」

京一へと、嬉々としながら、黄龍は語り始めた。

「じゃあ……何か? 龍麻にお前を宿らせちまったのは、陰の器をぶっ倒した、俺達の所為だってのか……?」

「そうではない。其方達のお陰ではあるが、そういう訳ではない。我が緋勇龍麻に降臨おりるのは、『刻』の始まりから決まっていたことなのだから。しかし、そのようなこと、今となってはどうでも良い。──どうにも、其方には納得して貰えぬが。事実は変わらぬから、今一度、繰り返そう。我は緋勇龍麻で、緋勇龍麻は我だ。そして其方達は、黄龍の器であり、緋勇龍麻であり、黄龍である我を護る、宿星」

「…………………………で? だったら、どうだってんだよ」

「……だから。運命さだめに従い、緋勇龍麻が我となり、我が緋勇龍麻となろうとも。黄龍の器を護る宿星としての其方達の運命さだめは、何一つとして変わらぬ、ということだ。──『緋勇龍麻』の、命の灯火が尽きるまで。其方達の、命の灯火が尽きるまで。其方達は、我に従い、我を護る。……今生の剣聖、蓬莱寺京一。それが、其方の運命。其方が、今この時までして来たように。緋勇龍麻を、護り通そうとして来たように。……故に、其方には、我に刃を向ける道理はない。我には、其方に歯向かわれる道理はない。其方達と戦う道理もない」

……きっと、これを語って聞かせれば、京一は納得してくれる。

──そのような風情で、至極嬉しそうになった黄龍は、つらつらと語り終えた後、ね? とばかりに、又、小首を傾げた。

「…………俺は……。俺はっ! 俺は、運命なんて言葉、これっぽっちも信じちゃいねえよっ。俺が今こうしてるのは、運命の所為なんかじゃねえっ。運命だから、龍麻を護り通そうとしてきた訳でもねえっっ。俺が龍麻を護りたいと思ったのは、誰よりも、何よりも大事な奴だと思ったからでっ! 親友で、相棒だからっっ! ……運命の所為なんかじゃ……っ。……それに……それにお前は、龍麻じゃねえじゃねえかっっ! お前は龍麻じゃないっ。黄龍だっっ」

そんな『彼』へ、京一は、身を折る風にしながら、声を限りに叫んだ。

「……やれやれ……。ここまで語って聞かせても、其方は納得してはくれぬのか……。……本当に、どうしたら良いのか、もう判らぬ……」

「出て行け……。頼むから、出て行ってくれ、龍麻の中からっ! 納得も、理由も要らねえっ! 龍麻を返してくれっっ!」

「それは、無理だと言っている。『緋勇龍麻』の命の灯火が消えぬ限り、我は緋勇龍麻で、緋勇龍麻は我であるのが、覆ることはない。………………其方には、この体を滅ぼすことなど、出来ぬであろう? 運命も、そうさせぬし。其方の想いも、そうさせぬ。……良いではないか。何がそれ程に不満なのだ? 蓬莱寺京一。其方の親友であり、相棒である緋勇龍麻は、『此処』にいる。どうしても、と其方が望むなら、我は、我と混ざり合う以前の緋勇龍麻として、振る舞うこととて厭わぬ。我の最大の護り人である、今生の剣聖よりの、達ての願いだと言うなら。……それでは、駄目なのか? 『緋勇龍麻』を取り戻せれば、其方はそれで満足なのであろう?」

………………でも。

血を吐くような京一の叫びも、黄龍に通じることはなく。

「そうじゃない……。そんなんじゃない……。龍麻は、龍麻なんだ。お前じゃない……。ちょいとおっとりしてて、変な所がトロくて、でも、強くって、芯はしっかりしてて、何処にでもいる、極普通の高校三年生の……っ。自分は、ヒトならざるモノなのかもって悩んでた、只のヒトとして在りたいと思ってた……っ。……龍麻は……龍麻は……っ」

「タダビト? 緋勇龍麻が? ……緋勇龍麻は、唯人などではない。……最初から」

──京一に告げてはならなかった、決定的な一言を、あっさり、黄龍は口にした。