──始まりから、緋勇龍麻は、ヒトでは有り得なかった。

……それを、聞かされた瞬間。

「は……。……あははははははははははは……」

左手で顔を覆いながら、京一は笑い出した。

「……? 何が、そのように可笑しい?」

「龍麻はてめえで、てめえは龍麻。……例えそれが、事実だとしても。てめえが心底、それを信じてたとしても。てめえは、龍麻じゃねえよ。絶対に。何が遭っても。『緋勇龍麻は、最初からヒトならざるモノ』だなんて、あいつは、口が裂けても言わねえよ。……黄龍の器だってことを、龍麻がどれだけ悩んでたか、てめえに判るか? 『自分は、人間じゃないのかも知れない』って。あいつがどれ程に思い悩んで苦しんで、どれ程に泣いたか、てめえに想像付くのかよっ!? ……お為ごかしは、もう沢山だ。これ以上、聞きたくねえ。……認めない。絶対、俺は認めねえよ。お前は龍麻じゃない。俺が護り通すのは、あいつ唯一人だ。運命なんざ、クソ喰らえだ。──いい加減、返してくれや、龍麻をっ」

高く高く、笑い声を放つ京一を、不思議そうに黄龍は見詰め。

見詰めて来る瞳を、京一はしっかりと捉え、弾き返し。

再び、刀を構えた。

「……先程も、言った。其方の言う、『返す』とは。我を──即ち、この体を滅ぼさねば叶わぬが。それでも、か?」

「馬鹿言ってんじゃねえ。………………俺はな、約束したんだ、龍麻と。もしも、万が一、何かの弾みでお前がお前でなくなるようなことがあったら。ぶん殴ってでも、俺が引き摺り戻してやるって。……その約束を、果たすだけだ」

「其方達の力は、龍脈に与えられしモノだ。力の根本は、我にある。到底、通じはせぬぞ?」

「『力』が通じなくたって、氣が尽きちまったって。俺には、剣術がある」

言葉を尽くし、戦う謂れは何処にもないと教えたのに、と、黄龍は、拗ねた様子を見せ……しかし。

その仕草、その表情、声音、全てが龍麻であっても、龍麻としか思えなくても、京一はもう、心に翳り一つ浮かべず、霊刀を振り下ろした。

叩き付けるように落としたそれは、『彼』が翳した掌に生まれた、小さな、黄金色の障壁に、呆気無く弾き返されたが、それでも、怯むことなく。

幾度も。

「…………ふうん。本当に、俺を殺す気はないんだ。京一は、峰打ちだけで、何とかなると思ってるんだ?」

間髪置かず翻り続ける剣をじっと眺め、己へと向けられているのが、刀の峰であるのを知り、黄龍は徐に、『龍麻』へと変わる。

「その声で、そのツラで、俺の名前を呼ぶなと言ったろうっ!!」

「……だって」

「だってじゃねえっ!」

「京一っ! 加勢するっっ」

幾度振り下ろしても、翳された、決して大きくない掌に得物を弾き返され、だが、諦めようとしない京一の傍らに、醍醐が駆け付けて来た。

……それまでは、唯、成り行きを見守ることしか出来なかったけれど。

龍麻が、黄龍を受け入れてしまった、その事実に呆然とし。

『神』を宿してしまった友を、最早どうこうすることは出来ぬと、諦めを覚え掛けていたけれど。

諦めという言葉を、最初から持ち合せていないらしい京一の『今』に、やっと、動きを留めてしまっていた体の呪縛を解いて。

「……やだなあ、醍醐まで」

「黙れ、黄龍っ。……京一の言う通りだ。お前は龍麻じゃない。龍麻の振りをして、龍麻の声で、俺達を呼ぶなっ」

すれば、黄龍は益々拗ねた風になり、一層、龍麻そのもののようになって、醍醐は、怒り任せに怒鳴った。

「二人共、判ってくれないんだ。……だったら、仕方無いよね。どうしても、判って貰わなきゃならないんだし」

と、『彼』は、それまでよりも少しばかり大きく腕を振り、京一と醍醐を纏めて弾き飛ばした。

「……くっ…………」

「……痛ぇな、この野郎……っ」

バシリと、物を投げるように衝撃に叩き捨てられ、転がった二人は呻き。

「醍醐クンっっ」

「しっかりして、二人共っっ」

立ち上がろうともがく彼等へ、小蒔と葵が駆け寄った。

「…………黙って、見とる場合やないわな。諦めとる場合でもないわ……」

「……だよな。龍麻さん、返して貰わなきゃ、駄目だよな……」

フラフラと、体を揺らしながら立ち上がった京一達と、『彼』を暫し見比べて。

龍麻に宿ってしまった、神の如き存在に慄いている暇は無いと、劉と雨紋が、それぞれ得物を構え、黄龍へと突っ込んだ。

──けれど、結果は同じで。

「龍麻、自分を取り戻すんだっっ」

「しっかりしないか、龍麻君っ」

「先生は、んな野郎じゃねえだろう?」

ならば、と、如月、壬生、村雨の三人が、『彼』へと挑んだが。

…………何一つ、変わりはしなかった。

「………………龍麻先輩……っ。……龍麻先輩っ! どうして、黄龍なんか、受け入れちゃったんですかっっ。帰って来て下さいっっ。こんなにこんなに、京一先輩が、龍麻先輩のこと呼んでるのにっっっ」

「アミーゴト、キョーチハ、best friendデショウッ?」

次々と倒れ行く仲間達を庇いつつ、霧島とアランは訴えるように叫び。

「俺が、目を覚まさせてやるっっ」

「師匠っ! 俺達の誓いを忘れたのかっ!」

「そうだ、コスモグリーンっっ! お前は、コスモグリーンだろうっっ?」

飛び掛かった、紫暮、紅井、黒崎も、又。

「…………龍麻君……。龍麻君、もう止めて、お願い……っ」

「そうだよ……。ひーちゃんは、こんなことしないよ……」

「舞子の知ってる、ダーリンじゃないよぅっっ」

「しっかりしなよ、龍麻っっ」

そして、少女達は口々に、『彼』へ懇願を始めた。

「……どうして、皆、そうなの? ……ねえ、京一。何で?」

……………………でも。どれ程挑まれても。

どれ程言葉を重ねられても。

黄龍は、拗ねたまま、『龍麻』で在ろうとし。

「……だから……、その口で、京一って呼ぶなっつってんだろーが……」

「…………だって」

「何だってんだよ、さっきから……。だって、だって、って……」

「だって。『緋勇龍麻』が、誰よりも、何よりも大事だと思っているのは、京一だから。『緋勇龍麻』がそうである以上、『俺』にとっても、京一はそういう存在だよ。だから、『緋勇龍麻』が、京一のことを『京一』って呼ぶように、『俺』も、そう呼びたい。京一にも、皆にも認めて貰えるように、『緋勇龍麻』として在りたい」

「……ふざけるなっつーの…………」

又、『振り出し』に戻ったのか、と。

黄龍へと歩み寄りながら、京一は溜息を零した。