「何故です?」
──溜息付き付き、黄龍の眼前へ京一が進み出た時。
不意に、御門が声を張り上げた。
「……何故、って?」
「何故、貴方はそうまでして、『緋勇龍麻』で在ろうとするのです? ──蓬莱寺に望まれたいから。私達に望まれたいから。……本当に、それだけが理由ですか? それだけの理由で、貴方はそこまで、『緋勇龍麻』で在ろうとするのですか?」
「…………そうだよ。それだけが理由だよ、御門。そうしないと、認めて貰えそうにないから。俺が緋勇龍麻で、緋勇龍麻が俺だってこと」
「……貴方の言う通り、貴方が緋勇であって、緋勇が貴方であるなら、貴方が本来の貴方のまま在っても、貴方は緋勇であって、緋勇が貴方である事実は揺らぎません。私達の誰も、それを納得出来ずとも、貴方達が一体であると言うなら、貴方は貴方のままで、一向に構わない筈です。『緋勇龍麻』に成り済ます……いえ、『緋勇龍麻』としてだけ在ろうとする必要など、何処にもない。貴方が貴方のまま在っても、貴方は緋勇であるのだから。…………貴方は。蓬莱寺に。そして私達に。一体、何を認めて貰いたいんです?」
「………………だって」
刹那、御門が黄龍に問い掛けたことは、『その存在の意義』で。
途端、黄龍は、酷く頼りなげな表情を浮かべた。
「『だって』、何です?」
「空に、凶星・蚩尤旗が現れし時。ヒトの歴史は変革の刻を迎える。それは、全ての世界を余すことなく司りし、神が定めたことだ。大地に眠り、大地を司る我は、その刻を迎える度、黄龍の器と定められたヒトに宿り、世界と歴史に変革を齎す。……それも、神が定めたことだ。我の意思で、どうこう出来ることではなく。始まりの刻から、定められしこと。……そうだ。我は定めに従い、こうしているだけ。こう在るだけ。運命に導かれるまま我が成すべきことは、黄龍の器に力を与え、宿星を従え、宿星に護られ、器の命の灯火尽きるまで、今生に在ること。……ヒトの歴史やヒトの世界が、この先どう在るか。それは、其方達が決めることだ。我の決めることではない」
右も左も判らない、迷子の幼子の如き面を作り、龍麻ではなく、黄龍へと戻った『彼』は、ポツポツ、言い始める。
「唯、力だけを携え、我は、刻と運命に従い、器と共に今生を漂う。……それ以外、我には何も無い。其方達以外、今生の我には何も無い。……我となった器と。器の躯と。其方達。それが、今生で我が持ち得る全て。この先も、これ以上我の持ち得るモノは増えぬ。そしてそれは、器にも言える。器となった我と、この身と其方達。それ以外、器は持ち得ぬ。我がそうであるから。……器に宿る、ということは。ヒトならざるモノながら、それでも、ヒトとなる、ということだ。器だった、ヒトならざるヒトに。黄龍としてだけ在った我は、最早、虚
「………………結局は、それか。お前は龍麻で、龍麻はお前。それだけを、認めて欲しいってか。……チッ、三度目の振り出しかよ。──何度言やぁ判る。てめえは龍麻じゃねえってっ」
ぽつりぽつりと続いた黄龍の語りに、問答は、何処までも最初に戻る、と京一は肩を竦めて、刀の切っ先を持ち上げた。
「……蓬莱寺京一。其方は、どうしてもそれを認めぬと? …………我も又、全ての世界を余すことなく司りし神の定めた運命に従い、こうしているだけだ。運命
「ああ、認めねえよ。お前はお前。龍麻は龍麻。何が遭っても譲らねえ。龍麻を返して貰うって、それもだ」
得物を構えつつ、歩み寄って来る彼へ、黄龍は、真実、泣きそうな顔を見せた。
「………………そうか」
「そうだよ」
「……ならば、蓬莱寺京一。この先、其方には、二つの路がある」
だが、泣き出しそうな面、泣き出しそうな瞳、それを湛えて見遣っても、京一の意思は変わらぬと気付き、一度、深く俯くと、黄龍は、威厳に満ちた仕草で伏せた面を持ち上げ、キラリと、漆黒の瞳の奥を、黄金色に変えた。
「あん?」
「其方の前に、今ある二つの路の一つ。……それは、『宿星でない星の一つ』に定められしまま、緋勇龍麻を取り戻すべく、我と戦う路。器諸共我が死ぬか、其方が死ぬか。その何れかを選ぶ路。そして、もう一つは」
「…………え?」
黄金色となった瞳のまま、すいっと京一へ近付き、その肩に手を置いて、背伸びをすると、黄龍は。
「……もう一つは、何一つ納得出来なくても、黄龍の器を護る剣聖として、命の灯火尽きるまで、俺と共に在り続ける路。………………ねえ、京一」
彼の耳許へ、唇を寄せて。
『龍麻』の声で、甘えるように。
「京一、言ってくれたよね。クリスマス・イブの前の日。桜ヶ丘の病室で。言ってくれたよね……? どうしてもって言うんなら、自分も、俺の望むモノになる、って。ヒトならざるモノになる、って。それしか出来ないなら、そうする、って。…………その約束。今、果たして?」
…………甘えるように。ねだるように。
京一の耳許で囁いた『彼』は、その時。
身を寄せた彼の、鳶色の瞳をじっと見詰めながら、己の、黄金色になった瞳の奥を、強く輝かせた。