それは、端で見ていた仲間達の目には、抵抗こそ見せたものの、京一であろうとも、神の如き存在の誘惑を振り切れなかったのか、と映った。

黄龍となってしまった『彼』を、京一はとうとう、『龍麻』として受け入れてしまったのかも知れない、と。

そして。

もしもそうなのだとしたら、自分達はどうしたら良いのだろう。

黄龍と、剣聖。……そんな二人と。

でも、仲間であり友である、龍麻と京一と。

自分達はこのまま、戦わなくてはならないのだろうか、とも。

仲間達は咄嗟に思った。

だが、困惑と不安に揺れる幾対もの瞳達に見詰められる中、京一はひたすら、龍麻の身を抱き竦める。

「御免な、ひーちゃん。御免、龍麻……」

「…………京一?」

「お前、言ってたよな。もしも万が一、何かの弾みでお前がお前じゃなくなるようなことがあったら、ぶん殴ってでも引き摺り戻してやるって、俺が、威勢のいいこと言った時。……もう一つだけ、方法があるって。俺の氣なら、絶対に読み違えない自信も、何処にいても判る自信もあるから、そういう引き戻され方がいいって。ぶん殴られるのは、痛いから嫌だって。お前、言ったよな。ぶん殴った方が、手っ取り早いって、俺は、そう思ってたのによ……」

そうして彼は、『龍麻』を抱き竦める腕に、一層の力を込めた。

「……悪りぃ。俺、頭に血ぃ上げちまって、そのことすっかり、どっかに飛ばしてた。柳生の糞っ垂れにお前が斬られた時も、『夢みたいな世界』からお前が戻って来るの待ってた時も、俺にはそれ、出来てたのに。何時だって、お前の言葉通り、俺の氣を灯し続けてたら、お前は帰って来てくれたのに。……へへへ。俺、短気だからよ。つい、うっかり、手っ取り早い方法、選んじまってた。…………でも、未だ間に合うよな? 思い出すの、ちっと遅くなっちまったけど、遅過ぎるってこたぁねえだろ? 帰って来て、くれるよな……?」

「……………………蓬莱寺京一……。其方…………」

「後で、京一の馬鹿って、お前にゃ怒鳴られっかも知んねえけど。ちょいと、氣の無駄遣いしちまったから……これが、な。こう……中々、思うようにいかねえが。……大丈夫だから。お前が、ちゃんと帰って来られるように。帰り道で、迷子にならねえように。俺の全部、お前にやっから。お前になら、そうしても惜しくねえから……」

──戦いに戦いを続けて、絞れるだけ絞った氣は、もう、本当に乏しく。

立っているのもやっとの体で、『龍麻』を抱き締める腕に、全身に、掻き集めた乏しい氣を乗せ放つのは、この上もなく苦しく。

身の内側を、鋭い刃物で抉り削られているような痛みさえ伴ったけれど。

京一は、氣を放ち続けることを、決して止めようとしなかった。

────そんな『時間』が、どれ程続いたろう。

黄金色の瞳のまま、京一を見詰め続けていた黄龍が、はっと、顔色を変えた。

『彼』の顔色が移ろいだ途端、瞳の奥の黄金色は、徐々に褪せ始め。

「…………許せよ」

ぽつり、囁くと黄龍は、目にも留まらぬ疾さの、抜き手を放った。

京一の心臓へと狙いを定めて。

それに気付き、京一も咄嗟に、右手の得物を構え掛けたが。

「………………ぐっ……」

刹那。

ぐしゅりと肉の潰れる音と、ボタリと血が溢れる音と。

彼の呻き声は、確かに湧いた。

本当に本当に暖かい、とても心地良い、黄金色の海の中に、龍麻は漂っていた。

時折、誰かに呼ばれているような気もしたが、空耳だろうと思った。

暖かくて心地良い、黄金色の海の中に揺蕩たゆたっているのは酷く幸福で、呼ぶ声のことも、声の正体も、深く考えられなかった。

……だから彼はそのまま、随分と長い間──彼自身には、随分と長い、と思えた『曖昧』な時間、ひたすらに、黄金色の海に揺蕩いつつ、眠った。

…………だが、不意に。

彼は、痛い、と思った。

暖かくて心地良いだけの、黄金色の海の中より、何故か、痛みを感じた。

……何故だろう、と思った。

何故、痛いのだろうと。

故に、閉ざしていた瞼を抉じ開け、彼は辺りを見回した。

でも、見回した辺りは一面、黄金色で。

彼は、首を傾げた。

黄金色以外には、何も見当たらないのに。

暖かさと心地良さを齎してくれるモノ以外、ここには何も無いのに、と。

……けれども彼は、痛みを感じ続けた。

痛みはやがて、熱さになった。

まるで、真夏の陽光を一身に浴びているような、熱さ。

その、熱さを。

彼は知っていた。

「…………………………京一……?」

熱さを知っていることを、思い出した彼は。

『熱さの正体』を呼んだ。

呼んで、もう一度、辺りを見回した。

京一は、何処にいるのだろうと。

すれば、黄金色の海の彼方に、ポツっと、小さな小さな、太陽のような灯火が見えた。

……それを見て、遠い、と思って。

彼は少しだけ、灯火へと近付いた。

近付いただけ、灯火は大きくなった。

…………だから、彼は泳いだ。黄金色の海の中を。

彼の人の、『命の灯火』にも等しい、それ目指して。