彼の人の、『命の灯火』目指し、黄金色の海を泳いでいたら、唐突に、辺りは真っ暗闇になった。

だが、目指していた灯火だけは消えなくて、それを頼りにひたすら進み。

ああ、暖かくて、熱くて、時々痛い、真夏の太陽みたいな、京一の氣、とそれに手を伸ばした時。

龍麻はふと、違う暖かさを指先に感じた。

氣の放つ暖かさではなくて、もっと、リアルな暖かさ。

湯船の中に、手を浸けた時のような。

それでいて、奇妙にしつこく纏わり付いて来る、如何とも例え難い感触を伴う……──

「京一……? あれ?」

──そして、その、リアルな暖かさと指先の感触に気付いた途端、京一の氣が、急速に褪せていくのも感じ。

直後。

彼の目の中に、光景が飛び込んで来た。

色鮮やかな、現実の光景。

それが、前触れもなく、彼の瞳の中に。

光景が生まれた、と龍麻が思った瞬間。

真っ先に彼の意識がその光景の中より拾い上げたのは、体の前に突き出されている己が右腕を、峰で抑え込んでいる、京一の刀だった。

次に拾い上げたのは、刀の柄を握る京一の右手と。

逆刃にした刀を抑え込んでいる為に、切れ、血を流している京一の左のたなごころ

「…………え?」

生まれた眼前の光景の中に、そんな物がある、と気付き、慌てて龍麻は面を持ち上げる。

「……………………龍麻……?」

「きょう……いち……?」

目線を持ち上げた先には、蒼白となった、親友であり相棒である彼の、微笑みを浮かべた顔があった。

「龍麻……だよな……? お前、龍麻だよな……」

「……京一? 何言って……?」

「お帰り、龍麻…………」

酷い顔色をしつつも、優しく微笑む彼は、幾度も、龍麻が龍麻であることを確かめ、一層、笑みを深くし、お帰り、と囁くと。

力の抜けた指先より、カラリ……と刀を零し、そのままズルリと腰を落とした。

…………腰が落ち、ガクリと折れた両膝は、異界の大地に付いて、両腕はだらりと垂れ下がり、まるで、正座をしている途中のような姿勢に彼はなり。

カクン、と首は後ろに零れて、喉元は晒された。

「………………え……。京一……?」

微笑んだまま、眼前にて頽れて行く体を、呆然と見遣りつつ。

龍麻は、京一の体が沈んで行くのを、光景だけでなく、指先でも感じた。

彼の体が頽れるに従って、己の右の指先より、ズルリ……と、生暖かい何かが抜けて行ったから。

……そう、己が手刀をめり込ませていた、京一の体が。

酷く温い肉の感触と、滴り落ちつつ絡む、血を纏わり付かせながら。

「……京一……? 何で? どうして? 何で、こんなことにっっ!!」

首を仰け反らせ、赤茶色の髪を波打たせ、倒れて行く友の体を、血に濡れた手で、龍麻は抱き留めた。

「京一……。京一、京一っっ!!」

だが、抱き留めても、名を叫んでも。

いらえは返らず、閉ざされてしまった鳶色の瞳が、龍麻を見ることはなかった。

「龍麻っ? 京一っっ?」

「ひーちゃんっ? ひーちゃんなのっっ?」

「本当に、龍麻君…………?」

京一の体を腕に叫び続ける彼の様に、醍醐や小蒔や葵や、仲間達が、何かを窺うようにしつつも、駆け寄って来る。

「嘘だ……。何で? どうして? 京一……っ……」

しかし、己達を取り囲んだ仲間達への意識も払えずに龍麻は、京一だけを呼び続けて。

「…………………………あ……」

ふと、彼は憶い出した。

『己』が知る筈無い、黄龍と京一とのやり取りを。

黄龍が告げていたように、黄龍は龍麻であって、龍麻は黄龍だったから。

それは、もう二度と。決して、揺らぐことない事実だから。

黄龍の記憶を、龍麻は瞼の裏側に、耳朶に、甦らせた。

己を抱き締めて、京一が告げてくれたこと。

それを、『黄龍の中』で、確かに聞き届けた己。

このままでは己が目覚めると、京一を滅ぼすこと決めた黄龍が、京一の心臓目掛けて抜き手を放ったこと。

その手を、恐らくは無意識にだろう、神速で構えた刀にて京一が抑え込み、手先は逸れ、心臓ではなく、腹を抉ったこと。

…………それを彼は、憶い出した。

「……俺が……? 俺が、やった…………? 俺が、京一のこと……」

そうして、憶い出した事実へと、呆然としながら彼は呟き……。

呟き、ながら。

古武道を習得すべく通った拳武館の道場で見せられた、人体図をも思い出した。

……確かに、心臓への一撃は、京一の反射神経が防いだ。でも。

抜き手は深々と、彼の腹部を抉っている。

肝臓のある場所を。

だから、このままでは。

………………このままでは、京一は。

「京一、京一、京一っっ!!」

己の腕の中で。

己の下した手によって。

誰よりも、何よりも大切な人が、命枯らせようとしている。

その現実に、龍麻は気付き。

京一を、己の所為で、己は失ってしまうのだ、と悟り。

「……嫌だ…………。嫌だ、そんなの……。俺の所為で……っ。…………京一っっ!!」

確かに、龍麻のまま在りながら。

高く泣き叫んだ彼は、瞳の奥を、全身を、黄金色に輝かせた。