彼の瞳が、体が、輝きを放つや否や。

空間をも揺らす、地鳴りが起こった。

龍麻の瞳の奥を、全身を、覆った黄金色が増すに連れ、それは、メキメキと音を立て、異界そのものを引き裂き始めた。

一瞬前まで、異界を構成していた何かは、バラバラと破片のように、仲間達へ降り注ぎ始めて。

「何ぃっ? 何、何、何ぃっっ? 何なの、これぇぇぇっ!?」

頭を抱え、きゃあきゃあと、舞子が叫び始める。

「この世界が割れます。即ち、結界が解け、元の世界へ戻るのです。……このまま」

慌てふためく彼女へ、芙蓉は場違いな程冷静な声を出した。

「このまま……?」

「御意。このまま、です」

「それは、どういう…………」

彼女の言い回しに、妙な引っ掛かりを感じ、ん? と壬生は顔を顰め。

「自ら、蓬莱寺に手を下してしまったことに、緋勇が取り乱したまま、という意味ですよ。恐らく、彼の中に引っ込んだ黄龍も、取り乱した緋勇に引き摺られたまま」

「馬鹿野郎っ! 冷静に説明してる場合かっっ。先生の錯乱に黄龍が引き摺られちまったら、又、アレが出て来るかも知れねえじゃねえかっっ。結界が破れるってのにっっ!」

芙蓉の後を引き継ぎ、淡々と説明を始めた御門を、村雨は怒鳴り飛ばした。

「……龍麻っっ。龍麻、落ち着くんだ、龍麻っっ」

「アニキっ。京一はん、未だ生きてるんやでっっ? しっかりしてぇな、アニキっっっ」

異界は崩れ、現実世界は戻り、けれど、このままでは、あの姿の黄龍が再び。

それも、今度は現実世界に、と知り。

如月と劉は、龍麻へと手を伸ばしたが、彼等の腕は、一層強くなった黄金色の輝きに、弾き返された。

「龍麻君っ。龍麻君! お願い。お願いだから落ち着いて。ね? お願い、京一君から手を離して? でないと、京一君に、癒しの呪を掛けられないの。私も高見沢さんも劉君も、他の皆だって、未だ、その技を持っている人は、癒しの呪くらいなら唱えられるわ。秘薬だって、残ってる。……助かるわ。京一君は、助かるのよ。だから、ね?」

葵は葵で、このままでは癒しの呪すら用を成さぬと、必死に龍麻を説得したが、京一から手を離せ、との言い回しが拙かったのか、ピクリと肩を震わせた龍麻は、益々、ぎゅっと、京一を抱き込んでしまった。

──彼等がそうしている間にも、異界の崩壊はひたすら進み、崩れ行く、異界と世界の隔たりの向こうに、『現実』が透け始め。

龍麻が全身より放つ黄金色の光は、これ以上ない程強くなり。

何処より、陰の器だった少年と戦う直前に聴いた、獣の咆哮は伝わり始めて。

……駄目だ、と、彼等は覚悟した。

アレが再び姿を現しても、もう、己達に戦う力は残っていない。

況してや、次に姿を現すアレは、龍麻。

異界の中のみに留まっていた存在が、世界へと滲んでしまっても、阻む術など自分達には…………、と。

「……きょ、いち……………………?」

だが、彼等が覚悟を決めた時。

力無く、ふるふると震えながら、ではあったけれど。

京一の右手が持ち上がり、龍麻の二の腕を掴んだ。

「た、つま…………。何て顔……して、んだよ…………」

「京一…………?」

「……んな、顔、すんな…………。……情けね……ツラ、しやが、って……。俺、が死んだ……とでも……思った、か……? ……馬鹿……野郎……。お、れが……死んだりする、訳……ねえだ、ろう……?」

もう二度と開かれないのではないかと、仲間達でさえ疑ったくらい、固く固く閉ざされていた瞼を抉じ開け、無理矢理に笑みを刷き、気力のみで、掴んだ腕をクイっと引き寄せ、何とか彼んとか、龍麻を抱き締め。

「……何も、心配するこたねえよ。俺は大丈夫。どうってこたねえって。だから、頼むから、んな顔すんな。……少し落ち着けよ。お前も。お前の中に引っ込んでくれた『あいつ』も。こんな傷程度で、揃って取り乱しやがって……。平気だっての。……本当は、行きたくなんかねえけどよ。桜ヶ丘に行って、ババアに頼みゃ、すーぐに塞がるって、これっぽっちの傷……。………………だから……だから、龍麻…………っ……」

ゴクリと、込み上げて来るらしい何か──恐らくは吐血を、強引に何度か飲み込み、一度だけ、深い深い呼吸をすると、京一は、絶え絶えだった息すら常のそれへ戻し、ポン、と龍麻の頭に掌を乗せた。

「……な? 俺の言ってること、判るか……? ……そういう訳だからさ。悪りぃんだけどよ、龍──ひーちゃん。俺を、ババアんトコまで、連れてってくんねえ……?」

くしゃりと、龍麻の髪を掻き乱して、ヘラっと、何時も通り笑って。

彼は又、瞼を閉ざす。

「……京一っ! …………うん、うんっ! 今直ぐ、新宿に……桜ヶ丘に、連れてくから……っ……」

────再び、彼の瞳が閉ざされても。

龍麻が、我を失うことはなかった。

黄金色の輝きも、何時しか褪せて、そして消えて。

何時の間にか訪れていた、朝の陽光の中に、異界と世界の隔たりも、全て砕け、そして溶けた。

風景は、早朝の、人影疎らな上野恩賜公園・大噴水前へと戻り。

草臥れ果てた体に鞭打って、仲間達は、大通りへ駆け出して行った。

……今直ぐに。一刻も早く。

新宿へ、桜ヶ丘へ、向かわなくてはならない。