正月の二日、早朝を迎えたばかりの上野公園前の大通りを流しているタクシーは、殆どなかった。

だから、どうしよう、と仲間達は焦りつつ、駅前ならと、通りを走り出したが、そこへ、数台の高級車が横付けされた。

最終決戦の場へ向かった彼等に、万が一何かが遭っても、直ぐに桜ヶ丘へ向かえるようにと、マサキがこっそり手配しておいてくれた、秋月家の所有車。

それへ、渡りに船とばかりに彼等は縋り、桜ヶ丘中央病院に向かった。

どうしても京一の傍から離れようとしない龍麻と、意識不明なままの京一とを乗せたリムジンには、葵や舞子や劉が同乗して、少しでも、と、癒しの呪を唱え続け。

駆け込んだ桜ヶ丘で、やはり、万が一のことが遭ったらと、不慮の事態の為の準備をしてくれていたたか子へ、京一を託した。

………………が、一晩中戦い続けた彼等も、そこまでが限界だった。

手術室へ運ばれて行った京一を見送って、ぐったりと、待ち合いの長椅子に疲れ果てた体を沈めて……そうしたら。

酷い疲れが齎す、抗いようのない眠気が、もれなく一同を襲った。

故に、一人、又一人、と。

たか子の霊的治療が終わるのを待ち侘びながら、彼等は、待ち合いの長椅子に身を沈めたまま、深い眠りに落ちた。

表向きは産婦人科の看板を掲げる『貧相病院』は、三が日の内ということも手伝って、ロビーの片隅の待ち合いを除き、何時にも況して、ひっそりとしていた。

産婦人科の方の入院患者も、いるやらいないやら、と言った処らしく、身を寄せ合って眠りこける少年少女達を邪魔する者は、皆無で。

誰に咎められることもなく眠り続けた彼等が、いけない、うたた寝をしてしまった、と目覚め始めたのは、そろそろ正午の頃合いだった。

けれど、未だ。

ロビーの片隅から真っ直ぐ伸びた廊下の突き当たりにある手術室の灯りは、点灯したままで。

その扉の向こう側に、たか子と京一が消えてより優に六時間は経つのに、赤く灯るランプの下で、延々、龍麻は一人、立ち尽くしていたようだった。

眠りもせず。座りもせず。

少し、背を丸め加減にして、肩を落として。

……そんな風情の彼に、仲間達は誰も、掛ける言葉を探せなかった。

何を言ったら良いのだろう。……いや、何を言えと言うのだ、と。

──黄龍の器だった彼は、黄龍そのもの、となってしまった。

龍麻の体に宿った、龍の、大地の長が告げた通り、龍麻は黄龍で、黄龍は龍麻。

それはもう、二度と覆らないことを、彼等はその目で確かめてしまった。

彼は今、確かに緋勇龍麻であるけれど、その身には、黄龍を内包している。

そんな事実だけを前にしても、彼へと掛ける言葉は中々見付からないのに。

彼の親友兼相棒は、いまだ、閉ざされた扉の向こう側で。

間違いなく、生死を彷徨っており。

彼が……京一が、そうなったのは。

……………………だから、仲間達は。

どうしようもなく頼りなげな風情の龍麻に、近付きたくても近付けなかった。

言葉を掛けたくても、掛けられなかった。

……そうやって、彼等が躊躇っている内に、何処よりやって来た龍山が、龍麻の傍らへと寄って、そこから離れるようにと説得する様子を見せたが、何を言われても、どう嗜められても、彼は、唯、緩く首を振るだけで、脚を動かす気配は見せず。

正午から、午後になって。

午後が、段々と、夕方に近くなって。

やっと…………やっと開いた手術室の扉の向こうから、病室へと運ばれて行く京一の後を、そうするしかない、とでもいう風に、龍麻は付いて行った。

……運ばれて行った彼や、後を追った彼の姿が消えて、暫し。

待ち合いには、頬に疲労の色を濃く浮かべたたか子がやって来て、お前達は、もう帰れ、と彼等は促された。

その促しは、素直に頷けない、頷きたくないものだったけれど。

言われるがまま、一同は、桜ヶ丘を後にした。

そうするより他、今はどうしようもないと悟って。

悪い、を通り越し、真っ白になってしまった顔色のまま、数日前まで己が入院していた病室のベッドに横たわり続ける京一の寝顔を、粗雑な造りのパイプ椅子に腰掛けつつ眺め。

龍麻は、酷く胡乱な顔付きをした。

あの異界の中で、突如湧き上がった光の柱に飲まれてのち、己が手を抑え込む京一の刀に気付くまでの間、『彼』には殆ど記憶がない。

黄金色の海のような所を漂っていたら、京一の氣に『呼ばれて』、それを目指して進んだら、あのような事態になっていた、という程度のことしか、『彼自身』には判らない。

でも、己が己でなくなっていた間の……『黄龍』の、記憶はあって。

黄龍が、京一達とどんなやり取りをしたのか、何を語ったのか、そして、何をしたのか。

それを龍麻は、確かに憶えている。

『彼』でない、『黄龍の記憶』、だけれども。

故に彼は、とても混乱していた。

──京一をこんな目に遭わせたのは黄龍で、けれど自分も確かにその刹那を憶えていて、黄龍は己で、己は黄龍で、だから、京一をこんな目に遭わせてしまったのは己で。

しかし、確かに手を下したのは黄龍だから、その事実は酷い違和感を覚えて止まぬことで、でも、でも、でも。

黄龍は、己と成り果ててしまっていて、ならばこれは、己の所業に他ならなく。

こんな自分は、未だに生死を彷徨っている京一の傍らにいてはいけないのに、枕辺から立ち上がることは出来ず、立ち上がりたいとも思わず、内包する黄龍も、ここにいたいと強く望んでいるのが判って。

唯々、胡乱に。ひたすら、胡乱に。

龍麻は、横たわる京一の顔を、ぼんやり眺め続けた。