翌、一月三日、午後。

集まろう、と約束をした訳でもないのに、ぽつりぽつり、仲間達は、桜ヶ丘の正門前辺りを彷徨うろつき始めた。

病院の受付の壁に掛けられた、一寸した絡繰り時計が午後三時を告げる頃には、当の桜ヶ丘で働いている舞子と、龍麻と京一を除いた全員が、何とはなし、桜ヶ丘の駐車場の片隅に集ってしまった。

故に、考えることは皆同じかと、彼等はそれぞれ苦笑を浮かべ、面会が出来るか否かは判らないけれど、幾人かずつ交代で、京一を見舞ってみようか、と話し合った。

昨日はたか子によって、とっとと追い返されてしまったから、京一の容態がどうなっているのか、それすら自分達は未だ、知らされていないのだし、と。

──駐車場の片隅で、仲間達が雁首揃え、顔付き合わせていた頃。

龍麻は、昨日と何ら変わらぬ姿勢、変わらぬ顔付きで、京一の枕辺に座り、横顔を眺め続けていた。

混乱することしか出来なかった昨日とは違い、少しずつ落ち着きは取り戻して、でも、病室内の二人を案じている様子を窺わせながら、ちょくちょく顔を覗かせるたか子に、『親友の今』を聞かされてよりは、黙り込んだまま、ひたすら、己のみを責め始めてしまった。

……………霊的施術を駆使した手術は、無事に成功した、とたか子は言ってくれた。

けれど、この先の保証は出来ない、とも言った。

深く引き裂かれた傷も、握り潰され掛けていた臓器も、何とかはなったし、そもそも、京一の生命力はとても強いから、意識が戻り、体力が回復すれば、何の後遺症も残さず、直ぐにでも日常生活が営めるだろうけれど、今の京一には、どのような生き物でも出来る筈の、己で己の傷を癒すことが、上手くいえないのだ、と。

氣が、酷く薄いから。使い過ぎてしまった所為で。

──だから、最悪、『覚悟』が必要かも知れない。

……そんなことまで、『最後の頼みの綱』に、重く告げられ。

故に彼には、自分で自分を責めることしか出来なくなってしまっていた。

万が一、何かの弾みで、お前がお前でなくなるようなことがあったら、ぶん殴ってでも引き摺り戻してやる、との約束を果たす為に、京一は、後先も考えず、己の持てる全てを絞ってくれて、なのに、彼を傷付けたのは確かに『己』で、自分の所為で彼を失ってしまうかも知れない、そう悟った刹那、何も彼も顧みることすら忘れたのに、最後の最後で、やはり、なけなしの気力を振るって己を救ってくれて、だから、と。

彼を、こんな姿に追い込んだのは己なのだと。

彼が、自らの命も上手く繋ぎ止めておけないのは、己の所為なのだと。

唯、ひたすらに。

「………………やっぱり、俺は……京一の傍にいちゃいけない……。……京一や、皆の傍にいる資格なんて、もう、俺にはないんだから……」

……そうして、その果て、彼は。

昨日から、幾度となく思い続けたことを、とうとう、結論とした。

──『運命』とやらが、こうなってしまった今でも、京一の傍にいたいと思う。

京一や皆と、今まで通り過ごしたいと思う。

……いいや、思っていた。

平穏な日々を過ごして、卒業式までの、本当に残り少ない高校生活を噛み締めて、そうして、無事に卒業が出来たら。

京一と一緒に、中国に行きたい。

……いいや、行きたかった。

二人で一緒に、当てのない修行の旅をして、唯一の相棒に負けないように、相棒の背中と相棒そのものを護り続けられるように、未だ知らぬ、広い世界をこの目で見ながら、大人になって行きたかった。

でも、そんな願いはもう叶わないし、叶えてもいけないし、叶う筈も無い。

せめて、その瞳が開くまで、生死の境を彷徨い続ける彼の枕辺にいたいというのが、最後の願いだけれど……それだって。

京一をこんな目に遭わせてしまった自分が、望んでいいことじゃない。

皆にも、合わせる顔がないし、何より。

……己の中には、黄龍がいる。

歴史をも、世界をも、瞬く間に塗り替えてしまえるのだろう、恐ろしいとしか言えぬ力を抱き抱えたまま、今尚、己の中で眠っている。

我は緋勇龍麻で、緋勇龍麻は我、との、『真実』を掴みながら。

『己』の全て──想いから、記憶から、何から何までを、手に取れる程鮮明に伝えつつ。

『己達は二つで一つ』、それを、知らしめながら。

…………そんな自分が、京一の、皆の傍にいたら、迷惑を掛けるだけだ。

大切な仲間達のみならず、『世界』にすら自分は、要らぬ迷惑を掛けるかも知れない。

「……御免、京一。御免、皆……。『今まで有り難う』も、『さよなら』も、直接言えないけど……。…………御免。御免……。京一、御免……っ。……京一が友達になってくれて、本当に嬉しかった。自慢の親友で、自慢の相棒だったよ……。後どれだけ、俺は生き続けちゃうのか、判らないけど……京一だけが、俺の相棒だって、それくらいは、思い続けててもいいかな……。……ホントにホントに、有り難う、今まで。京一だけだよ、俺の相棒……。…………大好きだった。誰よりも、何よりも、大事だった。でも、御免…………」

──誰よりも、何よりも大切な人の枕辺で、一人、『結論』を出した彼は。

眠り続ける横顔に、ぽつり、今生の別れを告げると、静かに立ち上がり、病室を後にし。

誰の目にも触れぬまま、裏口より、桜ヶ丘を出て行った。