仲間達と入れ違う形で桜ヶ丘を出ることになったとは、露程も知らぬまま、ぼんやり、何処に行こうか考えながら、龍麻は街を彷徨い始めた。

一度、家に戻ろうかとも考えたけれど、どうしても手放したくない物の心当たりなど無かったし、銀行のキャッシュカードが入った財布は持ち合せていたし、ボロボロになってしまった制服は、何とか見られるコートで隠れるし、そもそも格好なんて、今更、と。

自宅へ戻る選択を捨てた彼は、新宿駅に向かおうとした。

だが、その足先も、駅を目前にした繁華街の直中で、ぴたりと止まる。

駅へ行って、電車に乗って……さて、何処へ行く? と。

──仲間達それぞれの『Home』がある街へは行けない。行く気になれない。

けれど、それ以外の行く当ては、実家のある郷里しかない。

……でも。

故郷へも帰れない。

『こんな自分』が、再び故郷へ身を寄せた処で、乳飲み子だった自分を、約十七年間に亘り我が子として慈しみ育ててくれた叔父夫婦に、迷惑を掛けるだけだ。……と。

そんな風に龍麻は思って、直ぐそこに見えて来た駅にも背を向けた。

────直接伝えることは出来なかったけれど、京一にも、仲間達にも別れを告げた。

誰よりも、何よりも大切だった人と、手放したくないと思った大切な仲間を、自ら手放さざるを得なくなった自分に残されたモノはもう、この身の内に眠る黄龍しかない。

己となった黄龍、黄龍となった己、それだけを携えて、それだけを道連れに、『世界の果て』へ一人行くしか、恐らくもう、路はない。

「……………………要らない、のかな。俺はもう……『世界』に、要らないのかな……。……そうだよなあ……。要らない、よなあ……。要らない処か、いて貰ったら困る、って奴?」

又、雑踏に紛れ、ふらふらと新宿の街を彷徨って、歩き続けて、彼は、段々と。

何処に行こうか、ではなく、死に場所を何処にしようか、と思い煩い始めて、ふふっと笑った。

……もう己は、『世界』に要らない、邪魔なモノ。

それを口に出したら、急に気分が楽になった。

自ら命を絶つとの決心は、とても良い思い付きに感じられて、肩が軽くなった気さえした。

…………そうと決まれば、後はもう、本当に死に場所を探すだけだ。

可能な限り他人の迷惑にならない所を選ぶのは、存外骨折りだろうが、己に残された仕事はそれだけなのだから、苦にもならないだろう。

「……あはー。何か、楽しくなって来た。何処にしよっかなあ……。結局行き損ねた、東京湾じゃない海がいいかなあ……。……でも、入水自殺って、苦しい気がするし……。………………うーん、やっぱ、丁度今は真冬なんだから、雪山? あ、でも雪山に登るんなら、登山客ですーって支度で行かないと、一発で疑われるから…………。……うん、富士山。やっぱ、あそこかなー」

──正月三が日に浮かれる人々がごった返す、新宿の街を行きながら、口の中でブツブツ呟きつつ、楽しそうに、『碌でもない計画』を立てて、うん、と頷くと彼は、背を向けたばかりの駅へ引き返そうとし、ふと、首を傾げた。

何者かに遠くから、こっそり、『己』を覗き込まれているような気配を感じて。

「………………誰か、視てる……? ……裏密さん……に、御門……?」

故に彼は立ち止り、行き交う人々で埋め尽くされた通りの片隅へと身を引っ込め、感じたことを、そのまま口にする。

「……占い? 俺のこと、探してる……? …………何で今更、俺なんかのこと……」

根拠は全くなかったが、ここでない何処かから、恐らくは占術を用いて、二人が自分を探している、と何故か龍麻には確信出来て、思わず彼は、すっと気配を消した。

……逃げなきゃ、と、それだけを咄嗟に思った。

己は、『世界』に必要無い邪魔なモノなのだから、死にに行く。

こんな自分に関わることは、誰にとっても良いことではないから。

こんな自分が自ら命を絶とうとも、最早誰も悲しまないのだし。

……そう思って、気配を殺し、氣を潜め、彼は新宿の街中を駆け出した。

何処でも良い、取り敢えず、仲間達の目の届かぬ所へ、それだけを考えながら。

右も左も確かめずに。

────走って走って、何処を通っているのかも見定めず、唯、思い付くまま足を動かし、ふと、気が付いたら。

龍麻は、見覚えのあり過ぎる場所に立っていた。

……西新宿。青梅街道沿いの、歩道の端。

直ぐそこの角を曲がって少し歩いて、巨大繁華街としての新宿しか知らぬ者は思いもしないような、住宅街然とした住宅街の中に入り、少々を行けば、そこには、京一の自宅がある、そんな場所の、歩道の端。

「馬鹿だ、俺…………」

それに気付き、呆然と周囲を見回しながら彼は、自らの愚かさ加減を呪った。

………………でも、呼吸を整え、冷静に考えてみれば、それも致し方ないことと、彼には思えて来た。

──四月に、新宿へ越して来てから九ヶ月。

その九ヶ月間の殆どを、龍麻は京一と共に過ごした。

不案内な東京の街、新宿の街を案内してくれたのは京一で、こういう所に行きたいのだけれど、と言えば、当たり前のように彼は案内役を買って出てくれて、だから、必要最低限以上の道など覚えずとも、龍麻は東京で迷ったことなどなく。

仲間達も思い付けないような意表の場所に、そんな己が無意識に向かえる筈も無かった、と。

「情けない……。ほんっきで、情けない…………」

故に彼は苦笑を洩らし、小さなことから大きなことまで、京一に対する依存度は高かったんだな、と溜息も零し。

それでもふらふらと、吸い寄せられるように、彼の足は親友の自宅へ向いた。

……行ってはいけない。誰かに見付かってしまうかも知れない。

……この先、僅かでも己と関わり合いになったら、その人に、迷惑が掛かる。

……今更、京一の自宅なんか向かって、どうするんだ、女々しい。

────幾度も、心の中で、そんな思いを繰り返し。

幾度も、己を留め掛けつつ。

けれども己が足を、彼は止められず。