「……有り難う……。そう言って貰えるのは、とっても嬉しい、けど……」
本当に深く俯いてしまった彼は、ぽつっと、ちょっぴりだけ幸せそうな声を絞り。
「でも、さ。本当に、嬉しいんだけど……どうしたって、俺の中には黄龍がいる、それは覆らないから。……今は…………うん、今は、こうしていられる。今、俺は確かに俺だけど、又、何かが遭ったら、俺はあの時みたいになっちゃうかも知れない。……今度、あんなことになったら、もう二度と取り返しは付かないかも知れないし……。……それに……やっぱり、京一のこと……。……俺、自分で自分が、許せないから…………」
一転、もう、何も彼もを諦めたのだとでも言うような風情を、彼は見せた。
「…………龍麻君。だったら、京一君に訊きましょう?」
すれば、握り合わされたままの彼の両手に、すっと己が手を優しく乗せ、葵がそう言い出した。
「……え?」
「誰が何を言っても、きっと、龍麻君の中から、京一君に対する申し訳なさは消えないんでしょうね。貴方が、自分で自分を許せないでいる、それは、どうしようもないことなんだと思うわ。貴方自身にも、私達にも。……でもね。龍麻君が許されるとか、許されないとかを決められるのは、京一君だけじゃないかしら。京一君が、今、桜ヶ丘にいるのは自分の所為だって、貴方が思うこと止められないなら、尚更。そうされてしまった、京一君が決めることだわ。龍麻君が、決めていいことじゃないと、私は思うの」
ピクリと体を揺らし、何を言われるのかと身構えた風な龍麻へ、葵は、私は厳しいことを言っているのかも知れない、そう感じつつも、言葉を収めずに続けた。
「だけど、今の京一は……」
「京一君の容態のことなら、私達も高見沢さんに教えて貰ったわ。今の彼の氣はとても薄いから、自分で自分の命を繋ぎ止めておくことすら難しい状態だって。……けど、生きている限り、氣は消えないのでしょう? そして、京一君は生きているでしょう? だったら、大丈夫。きっと、大丈夫よ。彼が、自分の命を繋ぎ止めるだけの氣も上手く生み出せないでいるなら、彼が元気になるまで、その分、私達が手伝えばいいんじゃないかしら? ……私達は、仲間同士よ。友人同士よ? 龍麻君も、京一君も、皆々。仲間へ、友人へ、手を差し伸べるのなんて、当たり前以前のことだわ。…………皆で頑張れば、きっと、京一君の目は覚めるわ。龍麻君の中に眠ってしまった黄龍のことだって、きっと、何とかなるわ」
「美里さん…………」
「…………ね? 龍麻君。以前、今の貴方のように、私が皆の許から去ろうとしたら、貴方達は、怒ってくれたじゃない。あの時、私を叱ったのに、今度は貴方が、あの時の私と同じ間違いをしてしまうの? ──悩むことなんて、何時でも出来るわ。京一君の意識が戻ってから、許されるの許されないの、考えましょう? ……それとも龍麻君は、生死の境にいる京一君の為に、黄龍のことで悩んでいる貴方の為に、私達に何もさせてはくれないつもり?」
少しばかり厳しい口調で、が、慈愛の笑みを湛え、彼女は懸命に彼へと訴え、しかし龍麻の面は下向けられたまま動かず、彼女の言葉も通じないようなら……と、仲間達は危ぶんだが。
「………………有り難う……。それから……御免ね、美里さん……」
伏せていた面を漸く持ち上げ、泣きそうになるのを堪えつつ、龍麻は不器用に笑いながら立ち上がると、仲間達を見回して、ぺこっと頭を下げた。
「龍麻?」
「ひーちゃん?」
「……皆。心配掛けて、御免。馬鹿なこと考えちゃったりもして、御免。俺のこと、心配して探してくれて、有り難う。それから…………それから、えっと……」
懸命に謝ろうと、懸命に感謝を伝えようと、彼は言葉を紡ぐ。
「皆まで言うな、って奴よ、先生。もう、いいじゃねえか」
「そうだね。反省してるみたいだし。僕達は、当たり前のことをしただけなのだし」
「それよりも。もう一度行くだろう? 桜ヶ丘」
すれば、『麻雀仲間』達が、あっさりそれを遮り。
そうと決まれば、改めて桜ヶ丘へ行って、何とか、あの女傑と直談判を! と他の者達は意気込み始め。
「……でも、龍麻君、せめて着替えて来た方がいいんじゃない? うん、そうよ。そうしなさいよ。『同級生コンビ』に付き合って貰って、アパート行って来た方がいいわ。あたし達、先に桜ヶ丘行ってるから」
命令! な感じでそう言い出した杏子に勧められるまま、同級生三人に付き合って貰って、一旦家へと帰り、軽くシャワーも浴びてから、身支度を整えた龍麻は改めて、桜ヶ丘へ向かった。
………………その、道中。
「……あの、さ。醍醐。美里さん。桜井さん」
「ん?」
「何かしら、龍麻君」
「何? ひーちゃん」
共に歩いていた三人を、彼は小さく呼ぶ。
「あの…………、さっきは皆に遮られちゃって言えなかったし、俺がこんなこと言うのは、どうかとも思うんだけど……。その……京一の、こと……」
「うん! 判ってるよ、ひーちゃん! 京一だって、ボク達の大事な友達なんだから。……あれで、もーちょーっと馬鹿じゃなかったら、もっといい奴なんだけどねー」
「本当に、お前は……。そんなこと、改めて言い出さなくともいいだろう? 水臭い」
「そうよ。改まれることなんてないわ」
チロチロと自分達を見比べつつ、モゴモゴ言う龍麻に、三人は又、呆れたように、が、それでも、明るく笑ってみせた。
「……有り難う…………。……力を、貸して欲しいんだ…………」
だから、これを告げ切ってしまうのは、本当に水臭いし、他人行儀だと言われるのを覚悟で、龍麻は、想いを最後まで言い切り。
「当たり前だ」
「当然!」
「勿論よ」
三人はそれぞれ、力強く返した。