ふっと、龍麻から洩れ始めていた黄金色が焦るや否や。

「……………………………………うる、せー……」

──寝起きそのものの、不機嫌過ぎる声を、京一は吐いた。

「…………きょ、う……いち……?」

確かにその声を己が耳で拾いはしたが、到底信じられぬと龍麻は瞳を見開いて、未だに瞼の開かぬ顔を覗き込む。

と、彼の手を、それまでは力なかった京一の右手が、確かに握り返し。

「……あー…………。……龍麻……?」

ゆっくりと、彼の瞳は開いて、暫し辺りを彷徨った鳶色のそれは、やがて、龍麻を映した。

「……良かっ………………。良かった、京一……っっ……」

「良かった? 何が…………? ──ええと……だな。ここ…………。……あれ? 桜ヶ丘……?」

酷く掠れた声で、ぼんやり龍麻を見遣りながら、ぽつりぽつり京一は言い始め、漸く、止まっていたらしい思考を働かせ始める。

「うん……。桜ヶ丘だよ……。……その、京一は、あれから…………──

──……ああ、そっか……。ババアんトコ連れて来てくれたのか。……サンキュー、ひーちゃん。………………って、お前何で、んな顔してんだよ。泣くなっつってんだろーが、男なら……」

「……御免……………」

ぎゅっと、掴んだ右手はそのままに、何とか事情を語ろうとして、けれど声を詰まらせてしまった龍麻を、京一は眉を顰めつつ嗜め、──でも。

「謝るなって……。詫びなきゃなんねぇのは、俺の方だろ? …………悪かったなあ、ひーちゃん。御免な?」

詫びるのは自分の役目と、何とか左手を伸ばし、彼は、ぽん、と龍麻の髪に乗せた。

「何で? どうして? 京一が謝る必要なんて、何処にもない……」

「…………でもよー。何時も、あれだけ無理すんなって言われてたのに、ちょいと、無理っつーか、無茶っつーか、やっちまったような気はするから。それに、今お前が泣いてんのは、多分俺の所為だし」

「…………………………そうだよ。京一の所為だよ……っ。京一が、あんなことするから……っ。あんなにもあっさり、自分の命懸けたりなんかするド阿呆だから……っ! …………御免……。御免、京一…………っ……」

「だから、泣くなっつーの……。反省してるし、これからはマジで気ぃ付けるから。……ちゃんと、俺は生きてるだろ? それで、勘弁してくんねえ?」

何を言っても泣き止みそうにない相棒の髪を、これでもかと言う程乱暴に掻き回して、「な?」と彼は微笑む。

「…………何で?」

「あ?」

「何で、京一は怒らない……? 京一がこんな目に遭ったのは、俺の所為じゃないか。生きるか死ぬかの処まで追い込んだのも、俺なのに。何でお前は、怒らないんだよ……っっ」

故に、幾ら何でも、優しさの度が過ぎる、と。

泣き止むこと出来ぬまま、龍麻は憤りの声を上げた。

「……それは、違う」

だが、京一はケロッと、それを切って捨てる。

「…………違わない」

「いいや、違う。俺は、自分のやりたいことをやっただけだ。その結果が、ああだっただけ。お前の所為なんかじゃねえし、誰の所為でもねえよ。……ま、強いて言やぁ、黄龍の所為ってことになるのかも知れねえけど、別に、全部が全部、『あいつ』の所為って訳でもねえしな。──何が遭ってもお前はお前、それを絶対に譲らないって言い張ったのは俺だし、お前を返して貰うとか、取り戻すとか願ったのも俺の勝手だし、ああいうやり方を選んだのも、俺自身だ。今、俺がこんな情けねえナリ晒してんのは、俺自身が選んだやり方に見合うだけのモンが、未だ、俺の中にゃなかったってだけのことだ。要するに、修行不足って奴? ……だから、お前が謝る必要なんて、何処にもない。絶対にだ」

「……………………本当に、馬鹿だ、京一……。何処まで、馬鹿に出来てるんだか……」

「んだとぉ? 馬鹿とは何だ、馬鹿とはっ。てめえ、俺の持論にケチ付ける気……、って……。………………痛て……」

余りにもスラスラと、自信たっぷりに京一に言い切られ、呆れしか覚えられなくなった龍麻は、ボソリ、馬鹿だ、と洩らしてしまい。

三途の河の手前から、見事引き返して来た彼は勢い興奮し、痛い、と腹を庇うように身を丸めた。

「あ、馬鹿っ、興奮するからっ! …………あああ、そうだ、たか子先生呼ばなきゃ……っ」

そこで漸く、はっ、と龍麻は、暢気に会話をしている場合じゃないと、ナースコールに手を伸ばしたが。

「……平気」

「又、そういうことを言うっ! 平気な訳ないだろっ」

「ホント、ホント。ホントーに、平気だって……。……あのババアの世話になるのは癪だって、何時も思ってっけど、腕前の方が確かなのは、俺だって認めてんだからよ。……それにな。俺が大丈夫っつってんだから、マジで大丈夫なんだって」

腹を庇い続けながらも、京一は、龍麻を留めた。

「………………もう……。毎度のことだけど、何処から来るんだよ、その自信……」

「さあな。俺にも判んねえよ。でも、確かだぜ? ……だからさ、ひーちゃん。……龍麻。泣くか、怒るか、呆れるか、どれか一つにしやがれ」

そうして彼は、「どれがいい?」と、意地悪く笑んで。

「……えっと…………。……じゃあ、泣く」

「……ん。なら、暫くの間は、男なら、とか言わねえでおいてやるよ。……そうだ。又、何時かみたいに、俺の薄っぺらい胸、貸してやろうか?」

細やかな躊躇いを見せた後、取り敢えずは泣く、と決めた龍麻へ、ふざけながら、大仰に、両腕を広げてみせた。

「怪我人のくせに、何言ってるんだか、この馬鹿は…………っ」

だから龍麻は、悪態を吐きつつも、広げられた京一の腕に縋る風にして、徹底的に泣いてやる、と涙の量を増させた。

────恐らくは、京一が瞼を開いた辺りに、だろう。

二人に悟られぬように、劉は、黙って姿を消していた。