明けて、一月四日。午前中。

劉から連絡が廻ったのだろう、ぎゃいのぎゃいの、文句を言いながらたか子の診察を受けていた京一の病室へ、うるさい患者を『不気味に』脅かしつつ診察を続ける女医の目を気にしながら、仲間達が傾れ込んで来た。

そんな彼等を、「よう」とヒラヒラ片手を振りつつ京一は迎え入れ、昨日まで、本当に、生きるか死ぬかだったのに、この男はと、仲間達は盛大な文句と説教をぶつけ、病室で騒ぐなと、たか子に叩き出され、それでも。

後二日もすれば退院出来ると、太鼓判を捺してくれた女医に感謝しながら、騒がしい見舞いを終えた一同は、これでやっと、心置き無く正月と冬休みが満喫出来ると、街へ消えて行った。

龍麻は、大人しく家路に着く者、遊んでから帰る者と、思い思いに散って行く彼等と共に、一旦桜ヶ丘を出、家へ帰って着替えを済ませたり、京一の自宅へ向かって、心苦しく思いながらも『嘘の報せ』を告げたりとして。

正午過ぎ、又、すっかり馴染みになってしまった病室へと戻った。

「頼まれた物、持って来たよー」

ノックと共にドアを開け、手持ち無沙汰にしていた親友へ、色々な品の詰まったバッグを彼は翳してやる。

「おー、すまねえな、ひーちゃん」

すれば、ぱっと、京一の顔は輝いて、ベッドの隅に置かれた鞄の中味を、いそいそ漁り出した。

「多分、大丈夫だと思うけど。中味」

「んー? ああ、上等、上等。…………悪りぃな、お袋に、言い訳までさせちまって。……何か言ってたか?」

「ううん、別に。……一寸足捻ったんで、俺の部屋で安静にさせてます、代わりに俺が頼まれ物取りに来ましたって言ったら、おばさんに謝られた。『何時も何時も、家の馬鹿息子が迷惑掛けて御免なさいね』って。…………もー、罪悪感、ビシバシ。申し訳なくって…………」

「仕方ねえって。ホントのこと言う訳にゃいかねえんだし」

「そうだけどさ……。……俺──

──ストップ。そっから先は言いっこなしだ。……お前なー、いい加減、そのドツボ抜け出せ」

「う……。……判ってるよ、言われなくてもっ。だけどさ…………」

「……っとによぉぉ。てめえはよぉぉ……。──ひーちゃん。龍麻っ。……一寸、こっち来て座れ」

鞄の中味のことから、会話は、龍麻がでっち上げた、京一の母に対する言い訳のことへと及んで、心が痛い……、と龍麻が項垂れたので、京一は、カチン、とキた顔付きになり。

黙って座れと、枕辺のパイプ椅子を、ビシッと指差した。

「……何だよ、改まって」

「…………お前も知ってる通り、元々から俺は、気が短けぇんだ。……で」

「で?」

「事、お前のことに関しては、これっぽっちも溜め込んでなんざやるもんかって、俺は決めたんだ。こっちが黙り決め込めば決め込む程、お前、勝手にドツボに嵌まって、勝手に落ち込むからな。だから、とっとと言いたいこと言って、とっとと『片付ける』」

ブチブチ言いながらも、大人しく、言われるまま腰を下ろした彼へ、ベッドの上にて向き直り、京一は、きっぱりと言い始めた。

「片付ける? 何を?」

「……あのな。さっき、お前が出てった後、劉の奴が引き返して来て、洗いざらい、綺麗に『告げ口』してった。あの時、俺がぶっ倒れてから、ここで目ェ覚ますまで、お前がどうしてたか。何考えて、何悩んでたか。あいつが知ってる限り」

「………………えっっ? ……劉……裏切り者……っ」

「裏切り者はどっちだ、この馬鹿。──随分と、くっだらねえことで悩んでたらしいじゃんか。ああ? なーにが、自分は『世界』にとって、要らない邪魔なモノ、だ。頭のネジ、おかしくなったんじゃねえのか?」

「……っ。下らなくて悪かったなっ! 仕方無いじゃないか、そう思っちゃったものはっ! 何がどうなったって俺は黄龍で、黄龍は俺って、それはもう、変わりようがないっ! 黄龍がどんなモノなのか、京一だってその目で見たろうっ? 今は、大人しく俺の中で寝てるみたいだけど、あいつが起きたらどうなるか、京一が一番知ってるだろうっ? それこそ、嫌って程っっ。……京一は、必要だと思えるんだ? あんなのが、この世界に必要だって? 何時起きるかも判らないあんなのが宿ってる俺が、この世界に必要だって、ほんっきで、そう思えるんだ? 京一はっっ! ………………皆は、そんなことないって言ってくれたけど……。黄龍のことだって、きっと何とかなるとも言ってくれたけど……。だから、もう、その……死のうとか、そういうことは考えないようにしてるけど、未だ、時々は考えちゃうよ、俺なんか、『世界』の為にならないって…………」

──何も彼も、義弟が告げ口して行った、と教えられ、あまつさえ、心底の悩みを、下らない、と一刀両断され、思わず龍麻は怒鳴り出す。

「……知らねえよ」

が、京一は決して、取った、強固な姿勢を崩さなかった。

「は?」

「黄龍が、世界に必要とか必要じゃねえとか、んなこと、俺は知らねえっつってんだよ。俺には、どうでもいいからな、そんなこと」

「……はぁぁ? 何言って……」

「お前、忘れちまったのか? 俺は、この世界を護る為とか、この街を護る為とか、そんなご大層な理由で戦った訳じゃない。お前の背中と、お前自身を護りたい、それだけが理由だった。俺にとってお前は、大事な大事な奴だから。親友で、相棒だから。……だから別に、黄龍が、世界にとって良かろうが悪かろうが、知ったこっちゃねえよ。でもな。お前が黄龍で、黄龍がお前ってのが、この先、お前が死ぬまで覆らなかろうとも、俺にとって、龍麻、お前は必要。それだけは言える。逆を言えば、それ以外はどうでもいい」

「いや、その…………。正直、その理屈はどうかと…………」

余りにもきっぱりはっきり、自信たっぷりに言い切った京一に、たった今まで覚えていた怒りも忘れ、唖然となった龍麻は、馬鹿面を晒し掛けたけれど、京一は、思い切り不敵に笑い。

「何で?」

この言い分の、何が気に喰わないのか言ってみろとばかりに、胸を張ってみせた。