「何で、って…………。だって、黄龍だよ? 『あれ』だよ? あの時みたいなことがあったら、これからの歴史も、世界も、どうなっちゃうか判らない処か、今まで俺達の傍に当たり前にあった全部、あっという間になくなっちゃうかも知れなくって、俺や、京一や、他の皆の大切な人達だって、どうなるか判らないんだよ? 人類滅亡の危機って奴も、リアルだよ?」

そんな親友の態度に。

…………こいつは、真性の馬鹿だったのかも知れない、と事の重大さを龍麻は言って聞かせ始めた。

「……………………だから?」

「……あのさ、京一…………」

「俺にとって、歴史なんてのは、俺が生まれた時から始まって、俺が死ぬ時に終わる程度のもんだ。世界だって、俺が生まれた時に出来て、俺が死ぬ時に消える。世界や歴史がどうだろうと、俺にとっちゃ、俺が世界や歴史の中心なんだから、他のことなんざ、どーだっていい。──…………龍麻」

「何だよ…………」

「俺って奴はな、自分の興味が向いたこと、自分に都合がいいこと、そーゆーのに対する記憶力は、抜群に出来てんだよ。だからな、お前や他の連中が覚えてなくても、俺は覚えてる。はっきりと。……あの時、黄龍は、ヒトの歴史や世界がこの先どう在るか、それは、俺達自身が決めることで、自分が決めることじゃないと、きっぱり言い切ってたぜ。ってことはだ。お前が、ヒトの歴史も世界も、今のまま、変わらずに在って欲しいと願えば、この先も何も変わりゃしねえってことだろ? ……そんなに、難しく考える話か?」

……でも、京一が告げ続けることは、決して揺らぐことなく。

「……じゃあ、さ。…………じゃあ、俺がうっかり、世界や歴史を塗り替えちゃうような、どうしようもないことを考えちゃったら?」

「………………考えんのか?」

「……そんなことは、有り得ないと思うけど……」

「だったら、いいじゃねえか、それで」

「あのね……。…………それじゃあ、何かの弾みで、又、俺の中の黄龍が起きたら? あいつが勝手に暴れ出したら?」

「そん時ゃ、俺がお前を叩き起こしてやる。何度、それが繰り返されたって、その度に。叩き起こし方のコツは、もう判ってんだ。楽勝だ。それに、どうしてもそれが不安だってなら、そういうことが起こらないように、修行でも何でもすりゃあいいだろ。どの道、中国行くんだし」

「……京一…………」

「お前が気に病むことなんか、何も無い。……黄龍はお前で、お前は黄龍。それはもう、どうしようもないのかも知れない。もう二度と、その事実は消えないのかも知れない。……でも、だったら、それでいいじゃねえか。仕方ねえんだし。俺は……俺はあの時、どうしてもお前を返して欲しくって、龍麻は龍麻で、黄龍は黄龍だって言い張ったけど、今となっちゃあ、少し言い過ぎたんじゃねえかって、そう思ってるしよ」

「言い過ぎって、何が……?」

「……何も彼も、身勝手だとは思うが、こうして、お前がお前として在ってくれれば、お前の中に何が眠ってたって俺は構わないし、こうなっちまったんだ、『あいつ』だって、お前の一部だってこったろ? ……だから、言い過ぎたかな、と。──お前も、お前の中の『あいつ』も、俺のことを必要だとか、大事だとか思ってくれるってなら、幾らだって俺は答える。………………間違いなんか、起こらない。お前に万が一、又何か遭ったら、何度だって俺が引き戻してやる。お前が、『世界』に要らない邪魔なモノだなんてこと、絶対にない。お前はお前で、黄龍もお前の中の一部だ。自分の一部分に、これ以上振り回されたりすんな。……お前も。『あいつ』も。俺が護る。護り通してみせる。お前が余計なドツボに嵌まらねえように言っとくが、『剣聖』とかいう宿星がどうので、とかじゃねえからな。俺が、そうしたいと思うからだ。宿星だとか運命だとか、んなこた、屁でもねえからな」

最後の一言まで、目一杯力強く言い切った京一は、これでもう、『鬱陶しいドツボ』は全部片付いたと、ニカっと笑って、鞄の中味漁りを再開した。

「……京一……………………」

「んだよ? 何か、文句でもあんのか?」

「そうじゃなくて……。……何て言うか、その……。京一ってさ、変に偉大だよね…………」

「……褒めてんのか? それ」

「一応。……馬鹿も過ぎると、偉大になるんだなあ……って」

「…………褒めてねえじゃねえか」

「そんなことない。……だってさ、京一の言い分聞いてると、本当に何も彼も、何とかなりそうな気がして来るから。ついさっきまで悩んでたのも、馬鹿みたいに思えて来る。俺、何をそんなに悩んでたんだろうって。………………ありがと、京一。……悩んでばっかりいないで、少し頑張ってみる、俺も」

次から次へと、持って来てくれと親友に頼んだ暇潰しアイテムを取り出し、何から弄くり倒すかと、子供のように騒ぎ出した京一を眺めつつ、龍麻は、感嘆する。

「悩んでみたって、碌なこたねえからなー。腹減るだけだし。…………ああ、そう言えば、腹減ったな……」

すれば益々、嬉しそうに京一の笑みは深まって、会話の雰囲気は、何時も通りのそれとなった。

「はあ? お昼、食べただろ?」

「喰ったけどよ。あんなんじゃ、到底腹一杯にならねえし、何より不味ぃんだよ。……何か、喰い行かねえか?」

「……ぶっ飛ばされるよ、たか子先生に」

「えーーー。いーじゃねーかーーーっ」

「駄目。絶対、駄目。昨日までの自分、よく思い出しなよ。生きるか死ぬかだったくせに、目が覚めた翌日、病院脱走する馬鹿が、何処にいるんだよ。どうしてもって言うなら、後で高見沢さんに、こっそり、何なら間食してもいいか教えて貰って、それ、俺が買って来るから。間違っても抜け出そうと思うな、ド阿呆」

「…………どんなモン喰ったって、病室じゃ美味く感じねえっつーの」

「………………京一。勝手に抜け出して、勝手に変な物外で食べて、具合悪くしたら、俺、又、ドツボ嵌まるよ。やっぱり俺が何も彼も悪いんだって、泣き喚くよ。それでもいいんだ?」

「あっ。ひーちゃん、それは狡ぃっ! ……ちぇっ。しょーがねーなー。我慢すりゃいいんだろ、明日の夕方までっ」

「その通り。明日には退院出来るんだから、大人しくしててよ。何か口に入れたいなら、ミネラルウォーター買って来るし」

「水……。せめて、コーヒーか何か……」

「一昨日、肝臓をヤラれたばかりの奴が、何を言う。たか子先生がいいって言うまで、絶対、駄目。当分、俺が監視してやる」

「……劉の奴が、如月ん家で八日に新年会やろうって、伝言──

──アルコールなんか、以ての他。皆にも、そう言っとかなきゃ。京一に酒呑ますな、京一の前で呑むなって。……じゃ、一寸売店行って来る」

「………………おー、行ってこーい……」

下らないと言えば下らない、『どうしようもない会話』の果て、当面、カフェイン摂取も、アルコール摂取も厳しく禁じられ、監視もする、と宣言され。

酷くいじけた京一を置き去りにして、龍麻は、軽い足取りで売店へと向かった。

────『あの日』より、過ぎた時間は、二日。

たった二日。けれど、途方も無く長く感じた、二日。

……そんな時間が過ぎて。

これまで通りの雰囲気、これまで通りの会話、高校生らしい馬鹿笑い。

それが、やっと……やっと、二人の間に返って来た。