──1999年 02月──
一九九九年、二月十四日、日曜日。
その日も、北区・王子の如月骨董品店の、二間続きの奥座敷は、至極賑やかだった。
その日曜日は、『乙女の祭典』であるバレンタインデーに当たっていた為、少年達全員、少女達全員よりの、問答無用の招集を喰らい、一同揃って、如月の家にて顔付き合わせることになったのだ。
……少年達が呼び出された理由は、至極明快。
そう、『乙女の祭典・バレンタインデー』の、義理チョコを振る舞うから、というそれ。
尤も、義理、の部分は必要以上に強調されたし、予算の都合か、はたまた某かの手間の都合か、少年達が頂戴したのはチョコでなく、前日、少女達皆が集まって作ったという、チョコレートケーキ三ホール分で、
「あたし達の手作りなんだから、有り難く、味わって食べなさいよ。結構大変だったんだからね、三ホール分のケーキ作るのっ! ……という訳で、来月のホワイトデーは、期待してるわーーー」
……との、冗談なのか本気なのか見定められなかった杏子の高らかな宣言の所為で、甘い物が得意な少年達も、甘い物は苦手な少年達も、揃って、チョコレートケーキを喉に詰まらせたが。
それでも、その日の午後のひと時は、何時もの馬鹿騒ぎとはほんの少しだけ趣を違えた、穏やかで楽しい時間となり。
色々と『都合』があるのだろう、夕暮れ前、少女達はそそくさと席を立ち、少年達の一部も、そわそわ、落ち着かない素振りで帰って行き。
未だに、受験地獄等から抜け出せぬ面子も消え、就職や進学と言った一般的な進路を辿らぬ、世間様から見たら『閑人』と映るだろう者達数名は、暫し、骨董品屋の座敷で油を売ったが、それも、夕餉時の少し前に解散と相成り。
ぽてぽて、京一と龍麻は、まるで同居しているかの如く、『何時もの部屋』へと戻った。
……が。
「………………あれ? これ、何だろう」
「……随分と、かーいらしーっつーか、女の好きそうな紙袋『達』だな」
アパートの玄関のドアノブに、複数、小さくて可愛らしくて、それでいて鮮やかな紙袋が下がっているのを見付け、龍麻は、ん? と首を傾げ、京一は、「あー……」と、何となくの当りを付けた。
「宅急便……じゃないよね」
「ひーちゃん……。本気で言ってんのか? お前は天然ボケか? それとも、俺に突っ込まれるのを待ってるのか?」
「そーゆー訳じゃないけど」
「じゃあ、どーゆー訳なんだよ。──今日は、十四日だったんだぞ。やけに、義理の部分を強調はされたが、俺等、女連中のチョコケーキ喰わして貰って来たんだぞ」
「うん。美味しかったよねー、あれ」
「……だから、そうじゃなくて。判んだろ? その紙袋の中味は多分、チョコだぜ。それも、本命チョコって奴」
「……………………まさか」
「俺の言ってること疑うっつーんなら、開けてみろよ。賭けてもいいぜ」
けれど、京一はその正体を薄々察した紙袋の中味に、龍麻は思い至れなかったようで、げんなり、呆れた風に眉を顰めつつ、京一は龍麻を責っ付いて、責っ付かれた当人は、言われるままに袋の中味を確かめ。
「わあ! ……ホントだ。チョコだ、これ。京一の言う通り、本命チョコって奴なのかどうかは、判らないけど」
おおおおおー! と、彼は声を上げた。
「な? 言った通りだったろ?」
「うん。……でも、誰が、チョコなんか置いてったんだろう」
「俺が知るかよ。──あー、しかし、こう来るとは思わなかったな。仕方ねえ、ひーちゃん、俺、今夜は帰るわ」
そんな龍麻を横目に、京一は、鈍い……と、何処までも呆れたように頭を振り、今夜は自宅に帰る、と言い出す。
「へ? 何で?」
「何で……って。チョコと一緒に、手紙の一つも入ってるかも知れねえだろ? 本命チョコに添えてある手紙やメッセージなんざ、ラブレターと一緒じゃねえか。俺がいたら、読み辛くねえ? 贈った奴だって、外野にゃ読まれたくねえだろうしよ」
「あー……。それは言えてる、けど……」
「だろ? つー訳で。今日は帰るわ。……じゃ、又明日なー、ひーちゃん」
「……判った。お休み、京一。又、明日に」
どうにも、この手のことには鈍いらしい龍麻は、何故急に、親友が帰ると言い出したのか判らなかったようで、きょとん、と首を傾げていたけれど、一応、京一の言うことに納得は示し。
二人はそのまま、龍麻のアパートの玄関先にて別れた。
今から連絡もせずに家に帰って、果たして、自分の分の夕飯はあるのだろうかと、内心で悩みながら自宅へと足先を向け、途中。
「…………俺に、何の用だよ」
角を幾つか曲がり、龍麻のアパートが完全に見えなくなった辺りで、京一は、先程から己の後を尾けていた気配へ振り返った。
「……んー。やっぱり、バレるわねえ……。悔しいったら」
「てめぇなあ、挙動不審なことばっか、してんじゃねえぞ。俺が、問答無用で斬り掛かったら、どうすんだよ」
「よく言うわ、幾ら馬鹿なあんたでも、そこまでは馬鹿じゃないでしょ?」
立ち止まり、竹刀袋を突き出しながら振り返り、電信柱の影に潜む気配へと問えば、あっさり、気配は杏子の形を取って、京一の前に現れ。
何やってんだ、この女……と、盛大に項垂れた彼を他所に、杏子は、高らかに笑った。
「……で? 何やってんだよ、こんなトコで」
「そんなの決まってるじゃない。取材よ、取材! あんたに協力して貰う為に、後尾けて来たのよ」
「はあ? 取材って……何の?」
「いいから。黙って協力すればいいのよ。まさか、京一の分際で、あたしの言うことは聞けないなんて、そんなこと言わないわよねっ!?」
笑いながら杏子は、さも当然ような顔付きで京一の二の腕を掴み、中央公園方面目指して、さっさと歩き出し。
「離せよっ! 協力するなんて、言ってねえだろうがっ!」
「うるさいわねっ! 男のくせに、ぎゃあぎゃあとっ。黙って付いてくればいいのよっ!!」
口先で抵抗はしてみたものの、結局は押し切られ、京一は、彼女に引き摺られるに任せるより他なかった。