ラーメンを啜り始めても、杏子より洩らされる『ブツブツ』は絶えなかったが。

彼女も、食事をしながら白骨死体の群れの話はしたくなかったようで、ブツブツは、王華に入った直後していた、バレンタインのチョコのことへと戻っていた。

「あー、誰が、龍麻君に本命チョコを贈ったのかしら。その辺が判らないと、突っ込んだ記事にならないのに。…………桜井ちゃんは、間違いなく醍醐君でしょう。さやかちゃんは霧島君だろうし……芙蓉さんは、バレンタインと宗教の関係に関して一人語ってたから、論外だろうし。本郷ちゃんは、紅井君か黒崎君だろうしなあ……。雛乃ちゃんは、どうも、劉君っぽいしー。となると、後は、美里ちゃん、高見沢ちゃん、藤咲ちゃん、ミサちゃん、雪乃ちゃん、マリィ、比良坂ちゃん、か……。うーん、美里ちゃんと比良坂ちゃんは、龍麻君に贈ってそうな気もするんだけど……」

「……でけぇ独り言だな」

「うるさいわね、馬鹿京一。あんたの、授業中の鼾よりマシよ。──だからって、龍麻君に訊いてみたって教えてはくれないだろうしなあああっ。……あーん、もうっ! 折角、この一年間、うちの全校生徒の注目の的だった、麗しの転校生・緋勇龍麻の恋の行方! ……みたいな記事、書こうと思ったのに」

「…………最近、お前に馬鹿って言われても、ちっとも悔しかねえよ。──処でよ。ひーちゃんって、そんなに注目の的だったのか? ひーちゃん、ツラはかなりいいし、線も細い方だから、女にゃモテんだろうけど」

ズルズル、ラーメンを啜りつつの杏子の『独り言』に引き摺られ、京一も、何とはなしに、話に乗った。

「龍麻君だけが、って訳じゃないけどね。──あんた達には自覚ないかもだけど、京一も醍醐君も、美里ちゃんも桜井ちゃんも、元々から、うちの有名人ではあるじゃない? そんな有名人グループの中に、転校して直ぐさま混ざって、選りに選って、あんたと年中一緒にいるようになった、麗しの転校生ってことで、注目されっ放しだったのよ、龍麻君。他校の皆が、旧校舎に出入りするようになってからは、尚更ね。如月君とか、雨紋君とかは、うちの学校でも知ってる子は知ってるし、なんんだで、皆目立つから。転校早々、有名人グループの中にあっさり溶け込んだ、他校の有名人も頻繁に学校まで訪ねて来る、高校三年になってからの転校生、なんて、誰が放っとくもんですか」

「………………確かに」

「でしょ? だから、龍麻君絡みの記事は、売り上げが見込めるのよ。況してやそれが、今年度最後の真神新聞一面を飾れる程のことなら、余計にね。……でも、一寸無理っぽいわ、悔しいけど」

「そりゃ、御愁傷様なことでー」

「……ふんっ。あんたには言われたくないわっ。──御馳走様。京一、奢ってくれるんでしょ?」

「馬鹿野郎! 何で俺がお前にっ! 俺は、お前に付き合わされて、こうしてんだぞっ!」

「あんたが、龍麻君にチョコを渡したのが誰なのかまで見届けてれば、あたしは記事が書けたのよっ! だから、奢りなさいよっ。……じゃあね、又ねっ」

誠にうっかり、杏子の『独り言』に乗っかってしまった所為で、龍麻のことを中心とした話題は、二人がラーメンを食べ終る頃まで続き。

話の流れの勢いに任せて、杏子は京一にラーメン代を押し付け、さっさと王華を出て行ってしまい、京一は泣く泣く、二人分の代金を払って、不貞腐れながら、今度こそ家路に着いた。

「ただいまー……」

「……あら、お帰り」

覇気なく帰宅したドラ息子を、意外そうな顔付きになった彼の母は出迎え。

「流石に、龍麻君に追い出された? ──ああ、京一。ポストに、あんた宛の物が入ってたわよ。はい、これ。……バレンタインのチョコなんでしょ? 良かったわねー、あんたにも、上野のパンダに餌あげるノリとは違う、本気チョコ贈ってくれる奇特なお嬢さんがいたのね。今の内に、捕まえといたら? 唯でさえ、あんたには将来性ってのがないのに、中国に修行に行くー、なんて、益々、将来性が消える道ばっかり選んでるんだから」

母は、知らぬ間にポストに入れられていた、息子宛の紙袋を二つ手渡しながら、情け容赦無い一言をくれた。

「うるせえなっ! 余計な世話だってのっ! 大体、てめぇの息子捕まえて、どーゆー言い種だよっ!」

差し出されたそれを、引っ手繰るように受け取り、怒鳴り声で苦情をぶつけてから、どすどす、床を踏み鳴らしつつ歩いて、部屋に篭り。

ベッドの上に引っ繰り返りながら、手の中の、小さな紙袋達を彼は開いた。

中味は、誰もの予想を違わぬ、チョコレートだった。

甘味に興味は無い京一は知らない、けれどきっと、そこそこには有名な店の品なのだろうと思える、綺麗にラッピングされたチョコと、多分、手作りなのだろうな、と思えるそれの二つ。

…………何方にも、手紙も、メッセージも添えられてはいなかった。

無論、差出人の名前も。

だから、一体誰と誰が、己に宛てて……と、京一は首を捻ったけれど。

或る意味に於いては、全くと言って良い程心当たりが無く。

或る意味に於いては、心当たりが有り過ぎて。

相手が誰なのかを想像することを、彼は途中で放棄し、唯、有り難く、チョコという形を取る想いだけを、貰うことにした。

「こーゆーの、久し振りな気がすんなあ……」

彼にしては丁寧に開いたと言えるラッピングの中から出て来たチョコを、ぽいっと口の中に放り込み、ふと彼は、感慨に耽る。

──去年のバレンタインは土曜日で、学校もあったから、溢れ返る程、京一はチョコを貰った。

中には、尻尾を巻いて逃げ出したくなるような、『末長い交際』を迫って来ている物もあったけれど、憧れの先輩や、一寸気になる後輩に、それ程深い意味を持たせずに贈った、という雰囲気のそれが殆どだったし、その頃には既に『お付き合い』のあったお姉様方よりの品も、至極気楽に受け取れる物だった。

高校一年の時のバレンタインも、中学時代も、似たり寄ったりで。

ここまで『重たい品』は一寸……と、逃げ腰になる必要も、所詮、お祭り騒ぎだよなと、若干の虚しさを覚える必要もない、照れ臭さだけを感じる贈り物は、彼をしても久しかったから。

「奥ゆかしいよなーっ! ひーちゃんも今頃、俺と似たよーな想い、してやがんのかなーっ」

大きな声の独り言で、照れ臭さを吹き飛ばして彼は、今夜は別れた親友へと思い馳せた。