──けれど。
勢い、龍麻へと思い馳せたのは、結論から言えば、『失敗』だった。
「アン子の奴も言ってたが、美里は、ひーちゃんにチョコ贈っててもおかしくねえよな。高見沢……は、うーん。あいつ何時だったか、諸羽みたいなのがタイプっつってたから……案外、違うかも知んねえし。雪乃は、俺の読みでは雨紋だろー。藤咲は、ひーちゃんにはこっそり、そーゆーことしそうだよな。マリィも有り得んだろー、可愛い意味だろうけど。紗夜ちゃんは……あー、判んねえな。紗夜ちゃん、この間っから、壬生の野郎といい雰囲気だしな。小蒔、雛乃ちゃん、本郷、さやかちゃん、芙蓉ちゃんは論外だから……」
次から次へとチョコを口の中に放り込んで、むぐむぐ噛み締めながら、ああでもない、こうでもない、と京一は、盛大な独り言を続け。
「後は、アン子と裏密か。…………う、怖ぇ想像しちまった……」
途中、自身の想像に、げんなりもし。
「…………でも、ひーちゃんだもんな。誰にチョコ贈られてても、おかしかねえよな。どいつもこいつも、あいつのことは慕ってっからなー」
味わうつもりが、瞬く間に食べ終わることとなってしまったチョコの空き箱を、ひょいっと枕元に置き、ベッドに仰向けに転がって、彼は。
「……そうだよな。皆々、あいつのこと、慕ってんだよな。女連中も、野郎共も。意味は、それぞれ違うだろうけど。皆、あいつのこと、必要と思ってんだよな、きっと…………」
組んだ腕に頭を乗せて、見慣れ過ぎた天井を見上げつつ。
……ああ、そうか。
さっき、王華でアン子と話してた時に覚えた違和感の正体は、これだ……、と、気付いてしまった。
蓬莱寺京一という男が、緋勇龍麻という男を、それ程までに大切に想うのは、『仕方無い』ことなのではないか、と彼女に告げられた時、覚えた違和感の正体に。
────杏子に改めて言われるまでもなく、確かに京一は、龍麻のことを、誰よりも、何よりも大事な奴だと思っている。
誰に憚ることなく、堂々と、彼は告げられる。
そしてそれを、仲間達もよく解っている。
蓬莱寺京一にとって、緋勇龍麻は、誰よりも、何よりも大事な親友であり、相棒であり、緋勇龍麻にとって、蓬莱寺京一は、誰よりも、何よりも大事な親友であり、相棒であるから。
二人が共に在るのも、肩を並べて何処までも行くのも、至極当然のことなのだと。
…………だが、仲間達は、本当にそれを、『納得』しているのだろうか。
……それが、あの時京一が感じた、違和感の正体だった。
自分達の、『これまでの積み重ね』を知っているから。その目で見て来ているから。
黄龍と、剣聖という、宿星の上の関係があるから。
宿星が司るのではない、『星の一つ』とやらがあるらしいから。
自分達が共に在るのは、肩を並べて何処までも行くのは、『運命』なのだ、と、そう思っているのではないだろうか。
如何なる意味合いに於いてなのか、それは、各人違うだろうけれど、仲間達は皆、誰もが、心から慕う龍麻の隣に、本当は自分が在りたいと、そう思ってはいないか。
唯、己と龍麻の間に横たわる、『運命』に遠慮をしているだけで。
「………………ちっ。下らねえこと、考えちまったな……」
──違和感の正体に気付き、曰く、『下らないこと』をつらつらと考え。
不貞腐れた風に、京一は、足許に転がっていた雑誌を蹴飛ばした。
だが、そうしてみても、気付いてしまった違和感と、考えてしまった『下らないこと』が、次なる、『下らないこと』を運んで来た。
──……誰に何を言われても、龍麻の一番の親友であり、唯一無二の相棒であるという『傍ら』を、決して退くつもりはないし。
少なくとも、他人にそれを兎や角言われなくても良い程度には、龍麻の相棒として、認めては貰えているとの自負もあるけれど。
そう言った関わりとは別次元の『龍麻の傍ら』を、誰かは求めているかも知れない。
『傍らで』、ではなくとも。
誰かは、龍麻を必要としているかも知れない。
……でも。
来月、卒業を迎え、桜の花が咲く頃になったら、自分と龍麻は中国へ行く。
右も左も、明日も今日すらも見えないような、当てのない、修行の旅をする為に。
…………自分は、それで良いけれど。それこそが、望みだけれど。
本当に、それで良いのだろうか。本当に、それは、龍麻の為になるのだろうか。
『龍麻の傍ら』を求める、龍麻を必要としている誰かの一生を、不幸にはしないだろうか。
何よりも。龍麻の一生を、不幸にしてしまわないだろうか。
──あんなに沢山、親友のことを慕っている者達はいる。
沢山の人に、親友は求められている。必要とされている。
幾人もの、慕ってくれる人々、求め、必要としてくれる人々に囲まれ。
今日も、明日もきちんと見える、確かな将来を掴める、地に足が付く場所でこれからを過ごした方が、親友の為になるのではないだろうか。
自分一人の、我が儘めいた望みのみで、親友を振り回したりしないで。
日本で、恙無く暮した方が…………──。
「……らしくねぇ……。すっげ、俺らしくねえ……。俺と一緒に中国行くっつったのは、ひーちゃん自身だってのに。でも………………」
運ばれて来た、次なる『下らない考え』を、京一は、切って捨てようとしたけれど。
どうしても、それは上手くいかず。
着替えもせず、布団にも潜らず。
小さく身を丸める風に、彼はそのまま、目を閉じた。
……どうしても、今だけは。
この先も、己が親友と共に在り続けようとするのは、過ちとしか、彼には思えなかった。
親友の、これからの幸せの為に、己はここらで、我が儘なだけの己の手の中から、親友を、離してやらなければ、としか。