「へー、プロレス団体。醍醐、プロレスラーになるんだ? おめでとう」

「……まあ、タイショーらしいっちゃらしいか? それだって、良かったじゃねえか。好きな世界で生きてけるんだろう? めでてぇぜ。でも、それと小蒔の話と、何の関係があんだよ」

唐突な告白に、一瞬、マグカップを掴む手を揺らせたものの、龍麻も京一も、良かったな、と微笑みを送りながら、しかし、頭のてっぺんに疑問符を浮かべた。

卒業後の進路とバレンタインチョコと、どう繋がる? と。

「有り難う、二人共。──それで……俺の口から話すのもどうかとは思うんだが、桜井は、警察官になりたいんだそうだ。五月にある、警視庁の警察官採用試験を受けるらしい。……試験に合格すれば、桜井は半年は、全寮制の警察学校に入学しなくてはならないし、俺も、巡業で地方周りが多くなる。簡単に逢うことは、この先当分、叶わない。…………だから、付き合って欲しいとは言えなかったし、桜井も、言い出さなかった」

すれば、そこで漸く話は元に戻って、ああ、と京一と龍麻は、話の繋がりを納得した。

「でも、それじゃあ、その……。何て言うか、さ…………。言い方悪いけど、それだけのことで、って言うか……」

「別にいいじゃねえか、遠距離恋愛めいてても。半年のことだろう? 小蒔が警察学校卒業しちまえば、タイショーが東京にいる時は会えるんだしよ」

「……………………そ、のー……どうにも、その……恥ずかしいんだが。……京一。龍麻。お前達二人には、正直に言う。俺は、本当に真剣なんだ。桜井さえ望んでくれるなら、彼女との将来も考えたいんだ。でも、公務員になろうとしている桜井から見れば、俺が就こうとしている仕事は、水物に見えているんじゃないかと思って……。俺が、プロレスラーとして物になるまで、何年掛かるか判らんし、待っててくれとも言えんし、俺も桜井も、未だ十代だし……」

しかし、茹でタコよりも真っ赤になった醍醐の、ボショボショ声は続き。

「……あのなー。それこそ、ぴちぴちの十八歳が、何ほざいてやがる。お前の奥手っぷりにゃ、呆れ返るぜ。お前の気持ちも、小蒔の気持ちも、確かなんだろう? だったらいーじゃねえか、付き合ってみろよ。付き合ってみなきゃ見えて来ない、互いの良い所や悪い所もあるだろうし。社会人になりゃ、考え方だって変わるかも知れねえんだしさ」

「うん。俺もそう思うなー。それにさ、醍醐。このまま何も行動せずに卒業して、桜井さんとのこと自然消滅になっちゃったら、醍醐も桜井さんも、多分、お互いのこと忘れられないままになっちゃうと思うよ?」

醍醐雄矢という男は、ここまでお堅かったのかと、二人は、少々間違った感慨さえ抱いた。

「そ、そうか……? 俺も、そうは思ったんだが、どうにも、その……。……だが、二人にそう言って貰えて、踏ん切りが付いた! 俺は、桜井に交際を申し込んでみるっ! ……それで、だな」

「何だよ。未だ、何かあるのかよ」

「少し、気の早い話なんだがな。来月のホワイトデーに、昨日のお返しをしたいと思っているんだが……本当に、世間で言われている通り、バレンタインのお返しというのは、『三倍返し』なのか? そうだと言うなら、少しバイトをしたいし……何よりも、どんな物を贈ったらいいのか……。出来れば、クリスマスに桜井がプレゼントしてくれたセーターを着て、デートをしたいと思うが、俺は制服ばかりを好んで着ていたから、他に何を着ればいいのかも、よく判らんし……」

ともすれば、呆れに変化してしまいそうな感慨を抱きつつも、好き合っているんだから、付き合ってみればいいと、彼等が醍醐を後押しすれば、友人達より、その言葉を貰いたいと思っていたのだろう彼は、漸く吹っ切れたように意気込み、一足飛び、と言えぬこともない相談を始めた。

「あー……。ホワイトデーは三倍返しって、よく聞くよねえ……。昨日、遠野さんも、似たようなこと言ってたし」

「三倍って……。んな、馬鹿な世間の相場なんか知るかよ。馬鹿馬鹿しい。タイショーに出来る範囲のことでいいんじゃねえのか? 気にすんな。……あ、でも、服の話は、何がどうなるにしろ、要るのか。……じゃあ、醍醐。お前が暇な時、買い物に付き合ってやるよ。俺等で良けりゃ。なあ、ひーちゃん?」

「うん。俺達で良ければ、何時でも。……どうせだったら、早い方がいいんじゃないかな。ホワイトデーのお返しがー、とか言ってないでさ、さっさと桜井さん誘って、交際申し込みなよ。あんまり待たせると、桜井さん、一人勝手に諦めちゃうかも知れないよ?」

が、その相談も、呆気無く解決へと向かい。

「すまないな、二人共。恩に着る……」

恥ずかしそうに、嬉しそうに、醍醐はぺこりと、親友二人へ頭を下げた。

「やだな。そんな風に言われる程のことじゃないって。…………でも、そっかー。醍醐と桜井さん、上手くいったんだー。本当、良かったね」

「だなー。実の処、端で見てた俺達も、やきもきしてたもんな、どうなっちまうんだか、って」

その為、変な風に張り詰めていた部屋の空気は、ほわん、と崩れ、飲み終わってしまったコーヒーの代わりにと、冷蔵庫の中から缶ビールが取り出され、ああでもないの、こうでもないのと、三人の、他愛無い会話は始まる。

「…………それは、お前達もだろう……?」

「は?」

「へ?」

と、友人達に後押しを貰って自信が付いたのか、肩の荷が下りたのか、醍醐は、今度はお前達の話だ、と言わんばかりに、少しばかり意地悪く笑って、が、何を言われているのか見当も付かぬ風に、龍麻も京一も、揃って首を傾げた。

「俺達も、って?」

「意味判んねえぞ、醍醐」

「何故だ? 俺は確かに、京一に年中からかわれるように、色恋の話はよく判らんが、桜井の話では──

──ちょ、一寸待って、醍醐。俺、本当に、何のこと言われてるのか判らないんだけど……。……京一、心当たりある?」

「いーや。全く。──最初から、判るように話せよ。小蒔が何だって?」

「おや? 何か、話が違うな。となると、何処から話したらいいのか……。──それがな。昨日の桜井は、何故か何時も以上に饒舌で、尋ねた訳でもないことを、色々と喋っていったんだが……」

「桜井さん、照れてたんだよ。──それで?」

「昨日、俺達全員が振る舞って貰った、チョコケーキがあったろう? 何でもな、あれを作ることになった切っ掛けは、雛乃さんなんだそうだ。彼女が、仲間内の誰かに、手作りチョコを贈りたいと桜井に相談して来て、桜井も、チョコを手作りしたことはなかったから、美里に相談を持ち掛けて、そんなことをしている内に、どうせなら、義理チョコも皆で作ってしまえ、となったらしくてな」

「ふーん、成程、ね。昨日のケーキは、それでか。……ほんで?」

「ああ。それで。美里の家に皆で集まってケーキを作っている最中、大半の女子が、誰かへ宛ててのチョコを手作りしていたから、きっと京一も龍麻も、仲間内の女子の誰かから貰っている筈だ、と桜井が言っていたから、俺はてっきり」

確信を持って話し出したのに、京一や龍麻には何のことやら、だった、『行き違っていた話』を、未だに顔を赤らめている彼は語り、だから、「お前達も」と言ったのだ、と、二人を見比べた。