京一の自宅近辺から、新宿駅西口界隈まで、三人で手分けし隈無く探し歩いたが、『逃亡犯』は見付からず。
「……何処まで逃げたんだろう、あのド阿呆は……っ」
もっと遠くへ行ったかもと、今度は東口方面へと捜索の手を伸ばしながら、ブチブチと、龍麻はぼやいた。
「まあまあ。そうカリカリせんといてぇな、アニキ。…………処でな」
「何っっ?」
「ええ、と。その……。…………醍醐はんーー……」
相変らず、キーーーーーッ! と、京一に対する怒りを振り撒いている彼を宥めようと、劉は声を掛け、が、八つ当たり以外の何物でもない口調と共に睨まれ、これは駄目だと彼は、涙声で醍醐に救いを求めた。
「だから、落ち着け、龍麻。…………一体、何を仕出かしたんだ? 京一の奴は」
「……何、って……。それは……………………」
アニキが怖いと、縋り付いて来た劉に苦笑を送り、仕方無く矢面に立った醍醐が、諍いの理由を尋ねれば、急に龍麻は、それまでの勢いを失い、悲しそうに俯く。
「龍麻? 本当にあの馬鹿は、何をしたんだ?」
「アニキ? 泣かなあかんようなこと、京一はんに言われたんか?」
両手を握り締め、深く俯いた彼の横顔は、泣き出す寸前のそれで、醍醐も、劉も、思わず面食らい。
「……京一が……ド阿呆な京一が、中国に……──あ。……京一……?」
二人が戸惑いを見せていることにも気付かず、一層深く面を俯かせた龍麻は、ぽつりぽつり、理由を告げ出して、けれど、その途中。
何かに気付いた風に、はっと顔を持ち上げ、駆け出した。
「え? ええええ? アニキっっ!?」
「京一がいたのか? 何処に? 俺には見付けられんぞ?」
「違う。いたんじゃなくて……そうじゃなくて、気配がするんだ。……何で、京一の居場所が判るのか、俺にも理由は判んないけど、でも、判る。未だ離れた所にいるみたいで、気配も氣も、少し薄いけど……だけど確かに、京一の気配で、京一の氣」
何処にも、京一らしい人影は見当たらないのに、確かに何かを見定めて走り出した彼の後に続き、一切の事情が全く見えぬ二人は問い、その問いに龍麻は、どういう訳か、京一の居場所が判ると、彼等を振り返りもせずに言った。
「一体、何がどうなっているんだ……?」
「そんなん、わいに判る訳あらへん。取り敢えず今は、アニキの後、付いてくしかないやろ。京一はんが捕まれば、事情も判るやろうし」
「……それもそうだな」
故に、唯々黙って、醍醐と劉の二人は、龍麻の後に従うしかなくなり。
こんな時間にこんな場所? と、唇の端を引き攣らせつつ、辿り着いた歌舞伎町の路地裏へと躊躇いもなく入り込んで行く龍麻と共に、そこへ足踏み入れた。
梢の先にある、星もない夜空を、何時までも見上げながら。
過ぎた、この一年を振り返って、京一は、一つ溜息を零した。
──龍麻が転校して来たことから『始まった』、この一年。
思いも掛けなかった世界の扉を、己達の眼前にて開き、月日は、月日の中で起こった出来事は、様々なことを見せ付け、様々なことをぶつけ、様々な想いを与えて来た。
そうして、過ぎた一年の月日は、己の手の中に、誰よりも、何よりも大事だと想える人を、確かに乗せてくれた。
緋勇龍麻という彼を。
………………でも。
彼にとって、己は一体何なのだろう。
己にとって、彼は一体何なのだろう。
互いにとって、互いは、本当は、何だったのだろう。
……自分にとって、龍麻は、誰よりも、何よりも大事な親友で相棒。
生死を左右する場所を、共に潜り抜けた、一番の戦友。
それは、解っている。
そして、龍麻も又、自分にとって、京一は、誰よりも、何よりも大事な親友で相棒で、戦友だ、と言ってくれている。
………………それは、解っている。
自分達の立ち位置は、『そこ』なのだと。
なのに何故、彼と共に中国へ行かない──行けない、そのことが、こんなにも苦しみと悲しみを齎して来るのだろう。
彼が転校して来たあの日から、殆ど毎日のように共に過ごし、長い時間を分け合って、身も背中も護り合って、今日まで歩いて来た月日は。
……月日は。過ぎた時間は。
結局、自分達の中に、何を残したのだろう。
「互い、それぞれの道を行く。それだけのことだってのにな……。いっくら、大切なダチだって、ダチはダチなのに。…………あー、俺らしくねえ。女々しいにも程があるっての……。……だけど。ひーちゃんが……龍麻が…………」
──膝を抱えて夜空を見上げ。
過ぎた月日と互いの『存在』、それに思い馳せ。
女々しいと、自分で自分を嗤いながらも。
そんな風に、しながらも。
…………それでも、京一が思うことは、たった一人の、誰よりも、何よりも大切な人の、幸せ、だった。