「何で俺が、そんな風に言われなきゃならないんだよ……っ!」

苛立ちも露な声のトーンが、いけなかったのだろう。

きつく名を呼ばれ、今度はキッと京一を確かに睨み付けた龍麻は、怒鳴り声を上げた。

「全部、京一の所為じゃないかっ。いきなり、中国へは一人で行くって言い出して、俺の言い分も聞かずに逃げ出したのは京一じゃないかっ。今だって、嘘吐いてるんじゃないのかって訊いてるだけなのに、ちゃんとした答えも寄越さないでっっ」

「ふざけんな。俺は嘘なんか吐いてねえし、ちゃんとした答えも返してんだろうがっ。だってのに、何で嘘吐き呼ばわりされなきゃなんねえんだよっっ」

「自分の胸に訊いてみればいいだろうっ、馬鹿京一っっ!」

「てめぇなーーーー……っ。終いにゃ、俺だってキレんぞっっ!?」

「それは俺の科白っ。何で京一がキレるんだよ、そーゆーの、逆ギレって言うんだよ、キレていいのは俺の方だろうっ!?」

京一は龍麻の肩を掴んだまま、龍麻は腰の辺りで両の拳を握り締めたまま、暫し、怒鳴り合いを続け。

「埒が明かん……」

「そうやなー……」

黙って二人を見守っていた醍醐と劉は、溜息付き付き、間に割って入った。

「落ち着け、二人共」

「言い争いだけしとっても、どうしようもないわ」

「……龍麻。京一。お前達の中国行きの話は、俺も知っている。さっき、劉の口を無理矢理割らせたんだ。そういう訳だから、その件に関しては、劉を責めないでやってくれ。劉が悪いんじゃない。──で、だな。龍麻。どうしてお前は、中国行きのことで、京一が嘘を吐いたと思ったんだ? ……京一。お前はどうして、今頃になって、一人で中国に行くと言い出したんだ?」

「そうそう。そこや。何でアニキ、京一はんが、もうアニキのこと、どうでもいいと思うとる、なんて考えたんや? 京一はんも京一はんで、何で今頃?」

「……………………それは、その……。──随分前から、卒業したら一緒に中国に行こうって京一とは約束してたのに、それこそ今になって、いきなりあんなこと言われて、しかも逃げられたから、物凄く腹立って……。突然、訳判んないこと言い出した京一捕まえて、ド阿呆! ってぶん殴ってから『話し合おう』と思って、たまたま行き会った二人にも、一緒に京一探してくれって頼んだんだけどさ…………」

「……それで? この馬鹿を探している間に、考えでも変わったか?」

「……京一のこと探してる内に、もう、俺と一緒にいるのが嫌になったから、京一はあんなこと言い出したんじゃないか、って思えて来たんだ…………。中国へは一人で行くって言って来たのも、俺の言い分に耳貸そうとしなかったのも、俺に原因があるんじゃないかな、って。…………やっぱり京一でも、『あんなの』が内側に眠ってる俺なんか……」

口論をエキサイトさせて行く一方の自分達を遮った二人の、双方『理由』を語れとの建設的な提案を、龍麻は一応は受け入れ、ボソボソ……っと、皆より視線を外したまま白状した。

「はあっ!? お前、んな馬鹿なこと考えたのかっ? 何で、そうやって直ぐ、訳判んねえドツボに嵌まんだ、お前はっ!!」

「うるさいっ! 京一に、そんなこと言われる筋合いなんかないっ! 仕方無いだろ、それ以外に、一緒に中国には行かないってお前が言い出した理由、俺には思い付かなかったんだからっっ!!」

……酷く言い辛そうに打ち明けられたことを、少しのタイムラグを置いてから何とか理解し、心底呆れたように京一は怒鳴り始め、が、龍麻も、京一のそれを上回る大声で、怒鳴り返す。

「俺達の戦いに全部ケリが付いて、無事に卒業も出来たら、一緒に中国で修行の旅をしようって二人で約束したあの時から、二ヶ月経つんだぞ? に・か・げ・つっ!! あれから、事あるごとに約束確かめ合って、戦いも終わって、無事に卒業出来そうな目処も立って、この二ヶ月の間、ずー……っと、昨日まで、旧校舎潜って資金貯めたり、劉に協力して貰って準備進めたりってして来たのに、今日、いきなりそんなこと言われて、『うん、判った!』なんて言える訳がないだろうっっ!?」

「そりゃ、そうかも知んねえけど──

──そうかも知れないじゃなくってっっ。京一に何か遭ったんじゃないかとか、俺、何か悪いことしたのかなとか、考えるのが普通だと思うけどっ!? でも、何度考えてみても、お前がそんなこと言い出した理由なんか判らなくて、たった一つ思い付いたのが『それ』だったんだよっ!! やっぱり京一だって、『化け物』が傍にいるのは嫌なんじゃないかってっ! 何も彼もが終わったから、離れる頃合いだと思ったんじゃないかって……っ。…………京一は優しいから……戦いが終わっても、今までそれを言い出せなくって……でもやっと、『上手い言い訳』が見付かったから、思い切ったんじゃないかって…………」

不夜城の喧噪すら引き裂く大声で、京一が口を挟もうとしたのも遮り、怒鳴り続けた龍麻は、トーンを囁きの大きさへと戻し、唇を閉ざした。

「………………………………龍麻」

一度は引き裂いた喧噪に、最終的には飲まれた龍麻の声を、それでも最後まで聞き届け、暫し、彼をじっと見詰めたまま沈黙していた京一は、やがて、静かに彼を呼んだ。

「……何」

「今から、お前のこと引っ叩くから。そしたらお前、俺のことぶん殴れ。……いいな?」

「…………え?」

「俺の言ってる意味、判んだろ? ……口閉じろ。でないと、歯で口ん中切れっから。──っつー訳で」

そうして京一は、告げた通り、一瞬、何を……? と目を見開いた龍麻が、促されるまま口許を引き締めるまでを待って、バシリと、そこそこ手加減された、けれど、そこそこは手加減のない平手打ちを、龍麻の頬に落とした。

「……京一?」

「『京一?』、じゃなくてよ。……ほれ、今度はお前の番だ。ぶん殴れ、とっとと」

ジンジンと痛みと痺れを訴える、京一の右の掌が強く触れて行った頬を押さえ、少々呆然と、そんな仕打ちをして来た彼を見上げれば、「ん」と、奥歯を食い縛っているのが判る顔面を突き出され。

「…………じゃ、遠慮なく」

当人がそうしろと言っているのだし、自分は平手打ちを喰らったし、どの道、一発くらいは殴らないと気が済まぬと、龍麻は、頬の痛みと痺れを、倍返しで京一に贈った。