「……う、おー…………。相変らずの、ナイス一撃」

骨と骨がぶつかる嫌な音が軽く響き、体は揺らぎ掛けたが、ズサリと地面を踏み締め直して踏ん張り。

ニヤリと京一は、不敵に笑いながら冗談を吐き、少しばかり切れてしまった唇の端を拳で拭って。

「自分で自分のことを、人間じゃないとか、化け物だとか、そんな風に言うのは止めろって、今まで、俺は何度お前に言ったっ!?」

腹の底から出した声で、龍麻を叱り飛ばした。

「きょうい──

──何処まで行ったって、お前はお前だって、俺は何度言った? お前は、緋勇龍麻以外の何者でもないって、何回、俺はお前に言って聞かせた? お前は黄龍で、黄龍はお前かも知れないけれど、『あいつ』だってお前の『一部』だって、俺は言わなかったか? ……お前はお前だろ。緋勇龍麻だろ。それ以外の何者でもねえだろ。二度と、自分で自分を貶すような例え、するんじゃねえ」

「……御免」

「…………あんまり、俺のこと舐めんな。俺は、お前の『部分』の何がどうだろうと、どうだっていいって言った筈だ。お前がお前でいてくれて、俺の大事な親友で、大事な相棒なら、俺はそれでいい。他のことなんざ、どうだっていい。俺には関係ないとも言った。『あいつ』だって、お前の『部分』なんだから、『あいつ』毎お前。……俺は、そう思う。………………その、全部。嘘ってのか?」

「御免…………」

「……龍麻」

「…………だから、ごめ──

──御免な。悪かった」

「……え?」

これまで、一度たりともくれられたことなかった、心底の怒りが滲んだ声で叱り飛ばされ、思わず身を竦め、一喝の直後には、ひたすら淡々とした声音で告げて来る京一に、詫びだけを繰り返していたら、急に、酷く申し訳なさそうに、詫び返されて。

展開に付いて行けず、龍麻は唯、目を見開いた。

「ホント、悪りぃと思ってる。……俺の、悪い癖でさ。俺はいっつも、考えなしに、思ったことだけ口にしちまうから……まさかお前が、んな馬鹿なことまで考えちまうとは思わなかったんだ。そんな風にお前が悩むとか、想像もしなくてよ。……だから、御免な? ひーちゃん」

その、見開かれた瞳を真っ直ぐ見返し、京一は、とても真摯に詫びて。

「………………でもな。さっき俺が言ったことに、嘘偽りはねえよ。他意もない。ホントに、そうした方がお前の為になるって思ったから、中国には一人で行くって、俺は言い出したんだ。お前のこと慕ってる奴等、お前のこと必要としてる奴等のいるこの街で暮した方が、お前は幸せになれるって、そう思えたから」

でも、彼は。

言い出したことを、翻さなかった。

「……あのさ、京一」

「何だよ」

「もう一遍、ぶん殴ってもいい? ほんっっっっっとーーーーーー……に、京一、何でそんなに馬鹿?」

だから。

誤解は解けた、憂いも消えた、けれど、と。

目一杯、両の瞳に呆れを乗せて京一を睨め付け、龍麻はにっこりと、再び、右手を握り固める。

「あんだと? 年がら年中、下らねえことでばっか悩みやがる、てめぇの方が馬鹿だろうがっ!」

「いーや。馬鹿は京一だね。俺の何倍も馬鹿だね。……馬鹿。馬鹿京一。どーして、肝心なトコ、知恵足りないんだよ、馬鹿。──という訳で、もう一発、行かせて貰うからっ!」

笑みつつ拳を振り上げ、何度も馬鹿と繰り返す彼に、京一は顔色を変えたが、龍麻は、問答無用! と、情け容赦無く拳を振り下ろした。

「痛ってぇーーー…………」

バキリと、ほんの少しだけコミカルな打撃音を立てたそれを、先程と同じ頬で受け止めてしまい、流石に、京一も踞る。

「…………ねえ、京一」

くおー! ……とか何とか、呻き声のような、そうでないような、籠った声を洩らしながらしゃがみ込む彼と視線を合わせるべく、膝を折って座り、龍麻は小首を傾げた。

「何だよ……」

「確かに、京一みたいな、いい加減でどうしようもない馬鹿! と、今日も明日も判らないような旅に出るよりも、新宿ここで暮してった方が、『真っ当』なのかもね、傍目には」

「……だから、さっきからそう言ってんだろ、俺は」

「………………俺は、皆のことが大好きだよ。俺の周りにいてくれる人達、皆々大好きで、大切だよ。皆のこと慕ってるし、必要としてるし、出来るなら、手放したくないと思うよ。何時までも、俺の仲間でいて欲しいし、何時までも、友達でいて欲しいと思ってるよ。だから、皆も、俺のことそう思ってくれてるって言うなら、それは物凄く嬉しいよ。……でもさ、京一」

「…………あんだよ」

「でも、俺の一番は、京一なんだよね。俺が一番慕ってるのも、一番必要だと思ってるのも、京一なんだよ。……この街で、恙無く暮して行くのは……うん、幸せなことなんだと思う。だけどお前は、たった一人ででも中国行くんだろう? 誰に何を言われても、絶対。……京一が中国行っちゃったら、この街から、お前、いなくなっちゃうじゃないか。…………京一。何で、俺がもう一発殴ったか、判ってる? 俺のことを慕ってくれてる人、俺のことを必要としてくれてる人、そんな人達のいるこの街に、って京一は言ったけど。……じゃあ、俺の意思は? 俺『が』慕ってる人、俺『が』必要としてる人、そんな人がこの街に居続けるなら、俺だって、そうするけど。俺が一番慕ってて、一番必要としてる奴は、春が来たら、何処に行くのかな? それでも、俺に新宿に残れって? 俺の意思、無視して?」

折った両膝を抱え、すとんとしゃがんだまま、笑み続け、けれど瞳の中の色だけは真剣に。

頬を押さえ、ちょっぴり情けない顔付きで睨み付けて来る京一へ、龍麻は、酷く、と言える程穏やかに、『あの公園』では聞き届けて貰えなかった己の意思を告げた。