それより暫く。

歌舞伎町の片隅の、小さな小さな公園には、沈黙だけが在った。

けれどやがて、押さえていた頬より手を離し、ゆらりと京一は立ち上がり、龍麻もそれに倣って、二人は又、視線を合わせる。

「……なあ、ひーちゃん」

「何?」

「お前にとって、俺は何だ?」

「…………『京一』。『蓬莱寺京一』。……京一にとっての、俺は?」

「…………『龍麻』、だな。『緋勇龍麻』」

「で? 答えは?」

「…………………………お前の、意思、か?」

「くどいよ」

「……うるせぇな。俺だってな、寝ずに考えたんだよ。真剣に」

「寝ずに、真剣に考えて、『あれ』? 普段は絶対、誰かが自分で決めたことに、口出しなんかしないくせに」

「だから、うるせぇってんだよっ! お前相手だからだろうがっ! ……って、そうじゃなくて。────ひーちゃん。……龍麻。俺と一緒に、中国行こうぜ」

「…………うん。あの時から、そのつもり。……これっぽっちも、悩む必要なんかなかったんだよ、馬鹿京一」

そうして二人は、もう一度、全てをやり直すように、約束を交わし直し、顔を見合わせたまま、盛大に笑い始めた。

「ホントにねー……ホント、馬鹿。何で、そんなに馬鹿なんだろーねー、京一って」

「悪かったっつってんだろ。しつけぇな」

「……でも…………」

「ん?」

「でも、良かった。俺の言いたいこと、京一に判って貰えて、ホント良かった。置いてかれるのかな、なんてこともさ、思っちゃったからさ…………」

彼等とは全く無関係な、裏路地を行き過ぎる人達が、何事かと注視せざるを得ない程大きな声で笑っていたのに、不意に、龍麻の面は緩く歪み、ふらり、京一の胸倉を掴み上げる風に両腕は伸びて。

「……………………もう、二度と言わねえって……」

引き寄せられるまま、一歩、龍麻へ踏み出した京一は、面を俯かせてしまった彼を宥めるように、すとんと落ちた肩へと両手を添え、抱き締める如くにした。

──その時の二人は。

数歩離れた所に醍醐や劉がいるのも、ここが、新宿歌舞伎町の一角、というのも忘れ去っていた。

当然、先程立てた笑い声の所為で、直ぐそこの裏路地を行き過ぎる人々が、自分達を注視し続けていることにも、気付いていなかった。

「……あらーー? 京一君じゃない? こんな所で何やってるの?」

「…………え? ………………げっ!!」

「お久し振りー。最近お見限りだと思ったら、可愛い『カノジョ』が出来たのねぇ。…………って、カノジョ? それとも、カレシ? ……ま、どっちでもいいか。お幸せにねーー。女の子から男の子に鞍替えしたらしい京一君が、カレシと、歌舞伎町のど真ん中でラブラブなことしてたって、『おねーさん達』に言い触らしといてあげるーーー」

行き過ぎる人の中にいた京一の顔見知りの女性に、冷やかしをくれられてやっと、二人は、ここが何処なのかを思い出し、自分達の今が、端にはどう見えるのかに気付き。

「だぁぁっ! 一寸待てっ! 待ってくれ、カオリちゃんっっ!! 誤解だっ!」

既に存分に酒が入っているのか、ケタケタ、物凄く愉快そうに笑う、カオリという名らしい女性の誤解を、京一は解こうとしたが。

何を思ったのか、唇の端だけに、ニヤリ、と企み全開の笑みを乗せた龍麻は、彼の胸許を掴んでいた腕を滑らせ、首に絡み付かせた。

「……うぉいっ! ひーちゃん! てめぇ何してやがるっ。離せっっっ!」

「いいじゃなーい、京一君、そんなに照れなくてもぉ。カレシ、泣かせちゃ駄目よーー?」

故に結局、カオリ嬢の誤解は解けず、通行人にも、「何だ、『その筋』の連中の痴話喧嘩か」と勝手に納得され。

「……そーそー。醍醐はん、今日は何の買い物やったん? わいはなー、雛乃はんへのプレゼント、買うて来たんやっっ。あーもー、照れるわぁ」

「お。そうだったのか。……俺もな、服と、その……桜井への贈り物を……」

劉と醍醐には、赤の他人の振りをされ。

「………………ひーちゃん……。お前、俺に何か恨みでもあんのか……?」

「恨みはないけど。中国へは一人で行くー、なんて言い出したキョーイチ君への、仕返し?」

「てめぇ…………」

「大変だねー、京一。おねーさま方の誤解、解いて歩くの。頑張れーー。俺、応援してあげるよー。………………処で、カオリさんって、何処の誰? 昔の『イイひと』?」

「ちげーよ。コマ劇の裏の方にあるキャバレーの姉ちゃん。前に、ヤー公共と揉めてたトコ助けたことあって、その縁で、何度か店で呑ませて貰ったことが……って、何、悠長に説明してんだ、俺っ!!」

してやったり、完璧な復讐! と、勝ち誇った満面の笑みを浮かべる龍麻の足許に、あああああ、と頭を抱えて京一はへたり込んだ。