『一騒動』が終わって。
この世の終わりを見てしまったかのような顔付きの、項垂れ切って元気もない京一を引き摺り、靖国通り近くの、割と有名なラーメン屋に四人はシケ込んだ。
「京一はんは、色んな知り合いがおるなあ」
「そうだな。水商売の女性とはな。……不純異性交遊は良くないぞ?」
「だーかーらーっ! そんなんじゃねえっつってんだろっ。……ほらっ。去年の秋、花園の縁日行った帰り道、路地裏で、ンンーなのとやり合ったろ? コスモレンジャーの三人と初めて会った日。あの、ンンーなのになっちまった連中と揉めてたのがカオリちゃんで、俺は、それを通り掛かりに助けただけだってのっ! カオリって名前だって源氏名で、本名なんか知らねえよ。俺は、何一つ疾しくねえっ!」
「でも、何度か呑ませて貰ってるって言ってたじゃん。お礼にしては、何度もって、一寸大仰のような?」
「オネーチャン達の好意に甘えて、何が悪いっ! 大体ひーちゃん! お前はんなこと言える立場じゃねえだろ、あそこでお前があんなことしなきゃ、俺は今、こんなに苦悩してねえぇぇ。どーやって、ネーチャン達の誤解、解いて歩きゃいいんだよっっ! 責任取れ、ひーちゃんっっ! 世間様が思ってるよりも、歌舞伎町ってな、狭い世界なんだぞっ!」
「……別にいいじゃん。人の噂も七十五日って言うし。たまーに一緒にお酒呑むだけのオネーチャン達なんだろう? それとも、何? ホントは、その『知り合い』の中に、イイ女でもいるんだ?」
「いねーってのっ! お前が一番よく知ってんだろっ!!」
「なら、いいじゃないか、京一。龍麻の言う通り、人の噂など、その内に消える。何をそんなに、焦ることがある?」
「せやせや。放っとき」
「そういう問題じゃねえっ! ぜっっっ……たいにっ! 例え、冗談半分でしかねえとしてもっ! 当分の間俺は、知り合いの姐さん等から、ヤー公共から、雀荘のママさんにまで、『可愛いカレシ』が、とか何とか、言われ続ける運命辿んだぞっ! 耐えられるか、そんなんっ! 俺は男だ、オネーチャンが好きなんだーーーーっ!!」
傾れ込んだラーメン屋の一角で、随分と長い間、京一は一人喚き続け、龍麻達三人は、そんな彼をいなし続け。
「……厄日か……? 今日は、厄日なのか…………?」
「そんな、大袈裟な。所詮、洒落の域を出ない噂じゃないか」
「そーだよねえ。そもそもさ、京一があんな馬鹿なこと言い出さなかったら、こうはなってないし。京一があんまりにも馬鹿だから、俺、ちょーーーーっと仕返ししちゃっただけだし」
「そやなあ。京一はんの、自業自得やな。……それに、別にええやん。アニキが別嬪さんなのには間違いあらへんし。噂くらい、楽しんどき」
「…………………………このヤロー……。どいつもこいつも、他人事だと思いやがって……っ」
掻き込み終わったラーメン丼の傍らに、ゴビンと額を打ち付けるように京一は突っ伏した。
「あーもーーー……っ。……判った、カワイソーなキョーイチ君に、ラーメン奢ってあげるからさ。立ち直ってよ、いい加減」
「立ち直れるか、馬鹿野郎……」
「なら、立ち直れなくてもいいから。せめて、今日、俺達のことで振り回しちゃった醍醐と劉に、お礼くらい言わない?」
「……そうだな。確かに、それとこれとは話が別だ。あんま、釈然としねえけど。──悪かったな、醍醐。劉。…………有り難うな」
「二人共、心配掛けて御免。有り難う」
ラーメン屋のテーブルと友達になっても尚、ぶちぶちと言い続ける京一の後頭部を指先で龍麻は突き、それよりも、と彼を促して、二人揃って友人達へと頭を下げた。
「気にせんといてぇな。そないに改まれることでもないし」
「ああ。お前達に振り回されるのは、慣れっこだしな」
「そうやなー。ほんま、慣れっこや」
「それよりもな、京一。口幅ったいことを言うようだが。今のお前の一番の欠点は、龍麻のことになると、真っ先に自分を切り捨てることだと俺は思うぞ。気持ちは判るが、お前にそうされる、龍麻の気持ちも考えてやれ」
「アニキもや。何ぞ遭る度、自分だけに非があるんやないか、って考えんの、止めた方がええと思うで? 自分等、良過ぎるくらいに仲ええけど、想い過ぎて擦れ違うてたら、意味無いやん」
殊勝に、詫びと礼を告げて来た二人へ、微笑みながら、気にしなくてもいいと語りつつ、醍醐も劉も、説教めいたことを言い出し。
「………………カエス、コトバモ、アリマセン……。反省してます……」
「……親父みてぇなこと、言うんじゃねえよ、タイショー……」
バツが悪そうに、龍麻と京一は、友人達から目を逸らした。
──大切な友人達とラーメン屋の前で別れ、龍麻のアパートへ二人帰り、劉から渡された渡航に必要な書類等を確かめたり、未だ色々言い足りなかったのか、ブチブチと、今宵の騒動に関する文句を零した龍麻へ、京一が再度の詫びを入れたりとしてから、寝入った夜半。
「……うっわっ!」
京一は、『悪夢』に魘されて飛び起きた。
……尤も。
悪夢と言っても、その時彼が見た夢は、顔馴染みの歌舞伎町の『お姉様』方に、「京一君って、ホモだったの?」と、真顔で追求され続ける、という、或る意味、笑い話にしかならないような内容だったが、『今の』京一にとってそれは、悪夢以外の何物でもなく。
「誰がホモだ。俺はホモじゃねー……。オネーチャンが好きなんだ……」
バネのように上半身だけを持ち上げ、両手は布団の縁を掴んだまま、ブツブツと、虚ろな目付きで暫し呟き続け。
嫌な夢を見た、寝汗も掻いちまったしと、京一は布団の中から這い出ると、キッチンへ向かい、冷蔵庫の中からペットボトル入りのコーラを取り出し、直接口を付けて呷った
「ちくしょー……。何で俺が、こんな…………」
喉の渇きが癒され、一息は付けたものの、どうしても、愚痴を零すことを彼は止められず。
「ったく。大した仕返しだよ……」
ノロノロとした歩みで寝室へと戻り、安らかに寝ている龍麻へ、呆れの色を目一杯乗せた眼差しをくれて………………──。
「……ひーちゃん………………?」
──京一は、ギクリと身を強張らせた。
先程、布団から抜け出た時は、確かにぐっすりと寝入っていた筈の龍麻が、ベッドの中にて身を起こし、自分を見詰めていた。
電気が消された、暗い部屋の中でもはっきりと見て取れる、綺麗な黄金色を両の瞳に乗せて。
全身に、薄く、瞳のそれと全く同じ、黄金色の光の帯を纏って。