瞳の中の、綺麗な黄金。

全身に纏わり付く、綺麗な黄金色の光。

それを眺め、ゴクリと一度、生唾を飲み込み。

「…………黄龍」

何とか、余裕の態度を装って、京一は、『その存在』の名を呼んだ。

「……ああ、そうだ」

呼び掛けに、龍麻──黄龍は、穏やかな声音を返した。

「何でだ? どうして今になって、お前が……」

「さあ。何故であろうな」

「恍けるな。理由もなしに、お前が出て来られる訳がねえ。その理由を、お前が知らない訳もねえ」

「……随分と、確信を持って言い切るのだな。蓬莱寺京一」

「当たり前だ。他の誰かならいざ知らず、お前が眠ってんのは、ひーちゃんの中だ。早々簡単に、ひーちゃんがお前の勝手を許す訳がねえだろ。多分、お前が思ってるよりも、ずっと、ひーちゃんの精神こころは強いぜ」

「……………………そうだな。そのようだ。……一応、は」

静かな声、静かな口調で語りながらも、誤摩化しを告げる黄龍へ、突っ掛かるような調子を京一がぶつければ、黄龍は肩を竦め。

ちょいちょい、と、『龍麻』の仕草で、京一を手招いた。

「あ? 何だよ」

「何もせぬ。少し、其方と話がしたいだけだ。だから、ここへ」

手招きに京一が戸惑いを見せたので、黄龍は苦笑を浮かべ、今度はポンポンと、ベッドの傍らを叩く。

故に、暫し悩みはしたものの、促されるまま彼は、龍麻のベッドに浅く腰掛けた。

「……どうやら。今宵に起こったことの所為で、緋勇龍麻の『精神こころ』の箍が、少々外れたようだ。故に我は、こうして、其方の前に姿見せられた」

「今宵に起こったこと……? お前、ひーちゃんに起こったこと、全部判ってんのか?」

「当然ではないか。我は緋勇龍麻で、緋勇龍麻は我。それは、器がこの世を去るまで消えぬ、絶対の理だと、其方達には告げた筈だが? 今生の器の中で、延々眠り続けようとも、器の身に起こることは、即ち、我の身に起こること」

「あー、そうかい」

「そう、あからさまに毛嫌いせずとも良かろうに……。────蓬莱寺京一。今、我が其方に告げたことの意味が、其方には判るか?」

促しに従い、傍らに腰下ろしはしたものの、何処となく嫌そうにしているのが手に取れる京一の態度に、黄龍は、少しばかり悲しそうに頬を歪め。

が、瞬く間に憂いの表情を消し去り、改めて、彼と視線を合わせた。

「……ひーちゃんはお前で、お前はひーちゃん、って奴のことか?」

「否。そうではなく。龍麻──この者を、そう呼んでも其方は怒らぬな? ──の『精神こころ』の箍が少々外れたが為、我がこうしていられる、ということ、その意味」

「…………………………言いたいことは、判る。何となく、だがな」

じっと、自分を見詰めて来る黄龍に問われ。

あやふやながらも、京一は言葉を返す。

「『寛永寺』で、俺がぶっ倒れた時もそうだったからな。……要するに、ひーちゃんが酷く取り乱したり、心のバランスを崩したりすれば、お前は表に出て来られる。そういうこと、だろう……?」

「そうだ。……では、その先の意味、は?」

「……その先?」

「…………もう、幾度となく其方には告げた。今も告げた。我は龍麻で、龍麻は我だ、と。……其方達の世界の言葉で言うならば、今生の我の今は、龍麻の中に封印されているに等しく、我は、緋勇龍麻というヒトの、影のような存在となっているから、『我等』の全ての『基準』は、我ではなく龍麻だ。……でも。我は龍麻で、龍麻は我。それは決して、覆らぬ。緋勇龍麻が、この世を去らぬ限り」

「…………で?」

「それ故に。我自身の想いは兎も角、龍麻の想いは我の想いになる。龍麻の思うこと、感じることの全て、我には手に取るように判る。そして、我のモノになる。……だから、解る。解るし、我もそう感じる。…………蓬莱寺京一。其方の言動の全てが。其方という存在が。『我等』を──龍麻を、簡単に狂わせる程の『力』を持っている、と」

………………あやふやに京一が返した答えは、半分が正解だった。

否、半分しか、正解ではなかった。

穏やかな口調ながら、黄龍は、残り半分の答えを京一へと突き付け、彼に、冷水を浴びせられた如くの心地を感じさせた。

「俺……の言動の全てと、俺の存在全て……?」

「一度は、我の中で心地良いだけの眠りに付いた龍麻を、氣と言葉想いのみで目覚めさせること叶えたのは、其方一人だ。この先もきっと、それは不変。そのようなことが出来るのは、この世で其方、唯一人。だがそれは、裏を返せば、龍麻の『精神こころ』がどれだけ強かろうとも、其方だけはいとも容易く、我という存在を身の内に秘めている龍麻を、我ごと狂わせられる、ということ。……即ち。龍麻が望めば、この世界も歴史も、一瞬で変貌を遂げるように。其方が望めば、この世界も歴史も、一瞬で変貌を遂げる」

「…………おい、一寸待て。そんな、大それた話……──

──だが、事実だ。…………其方。蓬莱寺京一。龍麻が龍麻のまま在ることを望み、我の与える微睡みの中から龍麻を引き戻してみせた其方。……其方は、それでも。龍麻と共に、肩を並べ、何処までも行くことを欲するか? 緋勇龍麻というモノの為に、その一生をも、捧げられるか? 其方が龍麻を置いて、一人異国へ旅立つと告げただけで、龍麻は箍を外した。こうして、我が其方と言葉を交わせる程に。その意味が、本当に指し示していることを、もう、其方にも理解出来よう?」

「……い、み…………」

「そうだ。其方に置いて行かれる、と思い煩っただけで、龍麻はこうなる。其方が離れれば、きっと、龍麻は駄目になる。今、其方が龍麻の許に寄り添い続ける道を選べば、自ず、其方の一生と、龍麻の一生は結び付く。そもそも、龍麻と其方は、『黄龍の器』と『剣聖』の間柄。其方達の生涯は、或る意味では『最初』から、結び付いている。……だが、それを其方が厭うなら。生涯までもは、龍麻に捧げられぬなら。今なら未だ、傷は浅くて済む。例え一時、龍麻が乱れても、我が何とかしてみせよう。……龍麻の中に眠る我毎、緋勇龍麻だと、そう言い切り。龍麻も、そして我もを、護り通してみせると告げてくれた、心優しき、強い其方に免じて」

──刹那告げられた『答え』は、京一の肝までをも強く凍り付かせるそれで。

だと言うのに黄龍は、ひたすらに淡々と。

歌舞伎町の、小さな小さな公園の片隅にて、もう二度と揺らがせぬと誓った彼の決意を揺るがすように、問うて来た。