誰よりも、何よりも大事な相手で。
一番の親友で、唯一無二の相棒で。
血の繋がった家族よりも、雄の本能が求める女よりも掛け替えのない、生死をも共にして来た戦友の彼。
そんな彼の為になら、例え、己の何を捧げても悔いはないと、真実、京一は思っているが。
彼とて、僅か十八年の生涯しか送っていない、少年と青年の狭間にいる者。
咄嗟には、黄龍が突き付けて来た問いに、意思を見せることが出来なかった。
暗い室内を照らす一筋の灯火のように、瞳に、全身に、綺麗な黄金色を宿らせつつ、じっと金色の龍が見守る中。
沈黙だけを帯び、彼は身動ぎをも止め、ひたすらに想い巡らせ。
「……………………俺は……。……俺は、未だ、ガキだ。その辺に幾らでも転がってる、十八のガキ。……この先、俺の人生がどうなるか、なんて判らねえし、今、この場で決められる訳もねえし、俺とひーちゃん──龍麻とのこの先がどうなるかも、俺には判らねえ。……でも。俺は龍麻の為に、俺に出来ることがあるなら、何でもしてやりたいと思ってる。龍麻の為になら、俺の何をくれてやっても構わない。寧ろ、本望だ。……それに、偽りはねえよ」
漸く開いた唇で、巡らせた想いを語りながら、京一はしっかりと黄龍を見詰めた。
「俺が、所詮十八のガキでしかないように、龍麻も、十八のガキだ。今から何十年と時間が経った時、それでも、俺と龍麻が、十八のガキでしかない『今』みたいに、肩を並べて立ってるって、そんな保証は出来ない。龍麻には龍麻の人生があるし、俺には俺の人生があるからな。歳を取って行くに連れ、俺達の行く先が道を違えることだって、あるかも知れねえ。……いや、普通は、そうなって行くもんなんだろうと思う。多分、だけど。……けどな。もしも、俺達が行く先を違えて、肩を並べて立つことがなくなったとしても。互いが互いの道を、一人だけで辿ることになっても。……俺は絶対に、こいつを裏切らない。何が遭っても。例え離れても。俺は、こいつを護り通してみせる。……こいつの中に眠ってる、お前毎。………………これで、答えになるか?」
「…………………………充分、立派な答えだ」
ヒトの身であるならば、目を背けてもおかしくない、黄金色の瞳を正面から見返し、そう言い切った京一へ、黄龍は、僅か、眼差しを細めた。
「……大層な覚悟だな」
「そんな、大袈裟なもんじゃねえよ。俺に言わせりゃ、当たり前以前のことだ。誰よりも、何よりも大事な奴を裏切らないってのも、護り通すってのも」
「…………でも。それでも。……………………有り難う、『京一』」
「……え?」
眩しそうに、嬉しそうに、瞳を細めたまま、黄龍は龍麻の如く、『京一』、と彼へ呼び掛け。
ふっ……と瞼を閉ざし、崩れるように、ベッドに横たわる。
「おい?」
「眠る。疲れた。龍麻も目を覚ます。……ああ、『京一』」
「………………何だよ」
「桜の季節がやって来て、龍麻と共に、異国へと渡ったら。何よりも先に、結界を結ぶ術を学ぶが良い。封龍の一族──文字通り、龍を封ずる一族の術を。さすれば、其方達が望まぬ事態が起こっても、龍麻の中の我は目覚めぬ。……ではな。お休み、『京一』。又、何時か…………」
……『眠り』に落ちる最後。
微睡みの声で、黄龍は京一へ、一つの『鍵』を与え。
すっと、身に帯びた黄金色を消した。
「……………………んー……」
「……黄龍……? ……じゃねえな。──龍麻? ひーちゃん?」
「あれ……? 京一?」
「……その……悪い、起こしたか? お前、何か寝言言ってたからよ」
龍が眠ると同時に、呻き声と共に身動いだ龍麻が、ぼんやりと瞼を開き、そして見詰めて来たので、浅い笑いを浮かべ、京一は誤摩化しを言った。
「寝言? ……うわ、俺、寝言なんか言ってた? 御免、起こしちゃった? うるさかったんだろう?」
すれば、がばりと起き上がった龍麻は、申し訳なさそうに、ベッドの片隅に座る京一を見上げ。
「そうじゃねえよ。一寸喉乾いて、目が覚めたら……って奴。気にすんな」
「……そうなんだ? ホントに?」
「こんなことで、嘘吐いてどーすんだよ。夕飯のラーメン、一寸塩っぱかったからな。それで」
「……ああ、確かに。王華のラーメンに比べたら、少し味濃かったもんね、あそこのラーメン。…………それにしても、寝言、か……。言われてみれば、何か喋ってたような気もするし、夢見てた気もするんだけど。何の夢だったかなー……」
「憶えてねえんだ、所詮、その程度の夢ってこったろ。──さー、寝直すとすっかぁ」
見詰めて来る彼を何処までも誤摩化しながら、京一は、彼の黒い髪を片手で梳いた。
宥める風に。
「そうだね。……何となく、目、冴えちゃったけど」
「そうなのか?」
「うん。……でも、寝ないと。明日も、旧校舎行くんだろう?」
「勿論。出来るだけ、行っときたいかんなー。体鈍らせない為にも、資金稼ぎの為にもよ」
「……ホント、元気だよね、京一。……俺も頑張ろーっと」
「ひーちゃんて、見掛けに依らず、負けず嫌いだよな」
「京一程じゃないけどね。……それに、負けたくないじゃんか、やっぱり」
「そりゃ言えてる。中国行っても、その意気で暴れまくろうな」
「うわ、物騒な発言。……でも、結果的にはそうなるっぽいし。………………ねえ、京一」
暫しの間、髪を梳いて来る手の心地良さに、軽く身を委ね、他愛無い話をしながら、ぽすっとベッドに横たわり直して、龍麻は改めて、京一を呼ぶ。
「……ん?」
京一も又、『悪夢』の所為で跳ね起きた時の様相そのままの布団に潜り込み直し、左腕を枕にしつつ、親友へと向き直った。
「中国に行ったらさ、最初に、何しようか」
「そーさなー……。先ずは予定通り、劉の故郷行って、ひーちゃんの親父さんとお袋さんの墓参りして、そしたら……」
「……そしたら?」
「そしたら………………」
「京一?」
「……あっ、ああ。悪りぃっ。……その、改めて具体的に考えたら、何にも出て来なくってよ。兎に角、修行すんぞー! って感じにしか、頭纏まんなくって」
「…………まあ、京一らしいけどねー……。──劉に頼んだ渡航の手続き、殆ど終わったからさ。今度は、向こうに行ったらどうするかってこと、具体的に決めよう?」
「そうだなー。何時までも、ちゃらんぽらんでいる訳にゃいかねえもんなー」
「そうだよ。この先、何が待ってるか判んないんだし」
闇の中、直ぐそこにやって来た『未来』の話をしながら、思わず言い淀んだ京一の真顔に気付かず、先走り過ぎている熱意ばかりを親友は口にしていると受け取った龍麻は、呆れを見せつつも、至極楽しそうに喋り続けて、やがて、今宵二度目の眠りに落ちた。
「何が待ってるか判らねえ、『この先』、か…………」
目を細め、瞳を凝らし、薄闇の向こう……が、直ぐそこにある、眠ってしまった彼の顔を眺めながら、ぽつり、京一は言う。
「…………一つだけ、判ってるぜ、龍麻。『この先』に待ってるモンは、多分、本当の意味で、人生と運命を決める旅、だ。………………お休み」
──呟きに、呟きを重ねて。
彼も又、眠る為、龍麻の寝顔を見詰め続けていた瞳を覆うべく、瞼を閉ざした。