「龍麻君を、探しているのかしら?」

駆けさせていた足を止め、己を見遣って来た京一へ、葵は小首を傾げながら、にっこりと言った。

「……ああ。それが、どうかしたか? …………早く、小蒔んトコ行ってやれよ、あいつ、お前探して生徒会室の方に──

──ねえ、京一君」

その刹那、葵が浮かべた笑みは、学内の誰もに聖女の如くだと言わしめた、彼女の常の笑みとは若干違う気がして、京一は彼女を急かすようにしたが、葵はそれを無視する風に、晴れ渡った空を見上げ、彼を呼び。

「今になって、こういうことを言うのは、卑怯かしら。……好きとか、嫌いとか、そういうのとは違うのよ。そういうことでは、無いのだけれど……。……京一君。私ね。龍麻君が転校して来たあの日から、彼のこと、気になっていたの」

京一でなく、空を流れる雲に語り聞かせるように喋り始めた。

「…………今でも、か?」

「……そうね、今でも。──好きか、嫌いか、と問われれば多分、私は龍麻君のこと、好きだと答えるんでしょうね。『そういう意味』で、彼のこと、好きだった時期もあったかも知れない。龍麻君が黄龍の器で、私が菩薩眼と知る以前から、とても気になっていたわ。彼が黄龍の器で、私が菩薩眼と知ってから──ううん、彼のお母様が、私と同じ菩薩眼の持ち主だったと知ってからは、尚更。……どういう意味で、なのかは兎も角、私と彼は、惹かれ合うように巡り逢う運命だったのかも知れないって、私、そんなこと、思ったこともあったのよ」

「……それで?」

何処か、夢見る風に語り続ける彼女の声を、半ば無理矢理耳の中に落とし、京一は、低い声で続きを促す。

「でもね、気付いたの、途中で。…………黄龍の器は『類い稀なる力持つ者』と、『菩薩眼の娘』の間にだけ産まれる。菩薩眼の娘の持つ最大の力は、黄龍の器を産み落とす、というそれ。……だから。菩薩眼の娘は、黄龍の器の母にはなれても、黄龍の器の対にはなれないんだ、って。運命や、宿星という『巡り』の上で、私達が、一対として惹かれ合うことはないんだな、って。……実際、運命や宿星を離れた互いの意思の上でも、私達は惹かれ合わなかった。龍麻君が、私を『そういう風』に見てくれることは、結局一度もなかったし、今の私にとっても、今の龍麻君は、何処までも良いお友達で、良い仲間でしかないわ」

何時しか青空の雲より戻した視線を、真っ直ぐ京一へと向け、促されるまま、すらっと葵は言い切った。

「………………美里?」

「京一君。私の言いたいこと、判ってくれるかしら? 私達が過ごした、この一年の何処かの一時期、私は確かに、龍麻君の中に、淡い夢を見たことがあったかも知れない。でも、今の私の中に、淡い夢はないの。だから……だから、もう二度と変なこと悩まないでね、京一君」

「………………………………美里。お前、誰かから何か訊いたのか」

「……一寸だけよ。先月のバレンタインの日、京一君の様子が、ほんの少しだけおかしかった、って話を、この間アン子ちゃんから教えて貰って。卒業後の進路のことで、龍麻君と京一君が喧嘩した、って醍醐君が洩らしてたのを、小耳に挟んだだけ。……それでね。もしかしたら、って思って。その、『もしかしたら』が当たってるんなら、卒業式の日に、ちょっぴりだけ『余分なこと』を言って、京一君を困らせてみようかしら、って考えたの」

何故、突然、こちらを待ち伏せるようにしてまで、こんな話をして来たのかと、探る目をしてみせた京一に、クスクス、彼女は笑い掛け。

「……あ、そうだわ。小蒔が探してるんだったわね。行かなきゃ。…………校門の所で、待ってるわ。高校最後の日ですもの、アン子ちゃんや、ミサちゃんも誘って、皆で一緒に帰りましょう? 何時も通り、王華に寄るのも良いわね」

「………………ああ。後で、ひーちゃんと行く」

「じゃあ、後でね」

京一が頷くのを確かめて、軽い足取りで去って行った。

「……女ってな、よく解んねー生き物だな…………」

その後ろ姿を横目で見送り。

彼女が言わんとしたことも、その意図も察せられなくはないが、余り理解はしたくない、と。

ブツブツぼやきながら、京一は体育館裏へと消えた。

「小蒔!」

「あ、いた、葵! もー、何処行ってたのさ、探したよ?」

京一と別れ、校舎の中へと戻り、生徒会室付近をウロウロしていた小蒔を、葵は捕まえた。

「御免なさいね。さっき、京一君と行き会って、小蒔が私のこと探してるって教えて貰ったのだけれど……少しだけ、立ち話をしてしまって」

「立ち話? 京一と? ……何の?」

「大したことじゃないの。ちょっぴり、京一君のこと、苛めてみようと思ったから、意地悪を言ってみただけよ」

「……………………え? ええええええ!? 葵がっっ? な、何でっ?」

「京一君と龍麻君が、あんまりにも仲が良いからよ。本当に少しだけ、困らせてみたくなっちゃったの。だって……京一君、狡いと思わない?」

「狡い……? 馬鹿だとは思うけど……京一が、狡い…………?」

「……うふふ。…………さ、行きましょう、小蒔。醍醐君も探すんでしょう? そうしたら、アン子ちゃんやミサちゃんも誘って、龍麻君や京一君達も待って、皆で一緒に帰りましょう?」

あからさまに、困ったなあ、という顔付きで自分を探していたらしい親友の肩を、ポン、と軽く叩き。

あ! と振り返った小蒔が、唖然とせざるを得ないような科白も、ポン、と吐いて、混乱しっ放しの彼女の背を押す風にしながら、葵は、仲間達の暗黙の了解の待ち合わせ場所、校門へと向かうべく、先ずは荷物を取りにと、今日でお別れの、三年C組の教室へ足先を向けた。