一般道でも、高速でも渋滞に引っ掛かることなく、無事、成田空港第一ターミナル前に到着したバスを降り、搭乗手続きを彼等が済まし終えた時刻は、定刻通りならば、午前十時五分、中国福建省厦門アモイ空港へ向けて、二人の乗り込む予定のジェット機が発つ、二時間程前だった。

今頃はもう滑走路にいるかも知れぬ機体に乗り、約三時間半程のフライトを過ごせば、彼等の足は、異国の大地に着く。

「……結局、この便に乗るって話処か、今日日本を発つって話すら、誰にも出来なかったね」

「そうだなー。…………本当は、先月の、如月ん家での宴会の時、一応連中には言っとこうかと思ってたんだが……何となく、卒業したらどうする、なんて話、切り出せる雰囲気じゃなかっただろう? あれから直ぐ、真神は卒業式だったし、それから昨日まで、なんんだで忙しかったし……」

「うん。俺も、実家帰ったりしてたから、皆とゆっくり話したり、電話掛けたりする時間も取れなかったもんなあ……。蓬莱寺のおじさんやおばさんに挨拶行くのも、ギリギリになっちゃってさー……。……何か、皆に不義理しちゃったね」

「劉には、言ったんだろ? 今日発つって。出発時間も」

「劉だけにはね。何とか連絡取れたから。……劉も一回中国帰るから、一緒にー、とか何とか言ってたけど、向こうもこっちもバタバタしてたから、劉とも、それっきり」

「俺達だけじゃなく、連中も忙しかったみてぇで、捕まらなかったしな。……ま、仕方ねえし。顔付き合わせて、『じゃあな』、なんて別れの真似事して、湿っぽくなるのなんざ、俺は御免だね。今生の別れって訳じゃねえんだ。又その内会える」

「それが、京一の本音? 忙しさに流されたことにして、わざと皆と連絡取らなかった? ……ま、湿っぽくなるのは、俺も一寸遠慮したいけど」

レストラン街の片隅のベンチで、時間を潰しながら喋っていた彼等は、明らかに不義理をしてしまったとの自覚はある仲間達のことを胸の片隅に描いて、でも、と、立ち上がった。

「そろそろ、行くか。未だ、面倒臭ぇ手続き残ってるし」

「そうだね」

「連中には、向こうに着いたら手紙の一つも書きゃいいだろ」

「……京一、手紙なんか書いてたことあったっけ? 筆無精のくせに、よく言うなー……」

────手紙じゃなくて、電話の方が、京一君と龍麻君には向いてるんじゃないかしら」

「そうそう。京一は固より、ひーちゃんも、そういうこと後回しにしそうだしね」

「それにしても、本当に不義理だな、お前達は」

…………だが。

少ない荷物を片手にベンチより腰を上げ、さて、と、セキュリティチェックへ向かおうとした二人を、その時、『声』が呼び止めた。

「……………………え?」

「……お前等……」

掛かった声に、彼等が慌てて振り返れば、そこには、葵と、小蒔と、醍醐の姿があり、唖然と、龍麻も京一も目を見開く。

「三人共、どうして……?」

「劉君に教えて貰ったの。龍麻君と京一君が、今日の十時の便で中国に発つって」

「劉クンも、直ぐに来るよ。二人と同じ飛行機で、中国帰るんだって」

「……そういう訳でな。どうしようもない不義理なお前達を、それでも見送りに来てやったんだ。感謝しろ」

三週間振りくらいに会った友の顔──それも馬鹿面を、葵と小蒔はクスクスと笑いながら、醍醐は渋い表情で睨み付けながら眺め、くるり、二人を取り囲み。

「あー、いたいた! 龍麻君! 京一!」

「ちゃんと会えて〜、良かった〜。ミサちゃ〜ん、嬉し〜」

そこへ、一番近いエスカレーターから飛び降り駆け寄って来た、杏子とミサが混ざった。

「遠野さんも、裏密さんも……?」

「お前等も、か?」

「何よ、二人共。あたし達に見送られなくちゃ、淋しいでしょうがっ。わざわざ、成田まで来てやったのよ、感謝なさい!」

「だって〜、今度会えるのは、何時になるか判らないもの〜。見送りくらい出来なきゃ、ミサちゃ〜ん、淋し〜」

「いや、あのな…………」

息急き切って駆けて来たらしい割には、ポンポンと、今まで通りよく舌を廻す杏子と、何処までもマイペースなミサに、予想外の出来事からやっと立ち直って来た京一は、何やら文句を言い掛けたが。

「アニキー、京一はーーん!」

「龍麻様、蓬莱寺様」

「……いたよ、不義理な馬鹿が二人」

今度は、劉と雛乃と雪乃の三人が合流し、彼の科白を遮った。

「あっ、劉!」

「おはよーさん。……おっ。アニキ、髪型変えたんか? んー、益々、別嬪さんやー」

「劉……いきなり、それ……? ……じゃなくって! 何で、俺達の便と同じので、中国帰るって話──

──そんなん、おあいこや。アニキ達やって、皆に今日の話せぇへんかったちゃうか。…………ええやんか、アニキ等行くん、わいの故郷なんやし。旅は道連れや! それになー、わい、北京語と広東語の区別も付いてへんやろアニキと京一はんの二人だけで中国行かせんの、ごっつ不安やねん。わいの故郷の村辺りは、北京語も広東語も通じひんしなー」

京一の苦情を掻き消しつつ輪に混ざって来た劉は、睨め付けるような目をしてみせた龍麻に、ポンポンと科白を浴びせ掛け。

「弦月様に、お二人のご出立の日取りを教えて頂いたので、お見送りに参りました。……本当は、お二人の口からお教え頂きたかったのですが……」

「……オレは、お前等の見送りに来た訳じゃないからな。劉の見送りに来た、雛の付き添いだからな」

雛乃も雪乃も、それぞれの言い回しで、暗に二人を詰った。

「…………う……。皆、御免…………」

「結局、こうなる運命なのか? 俺達ゃ…………」

故に、龍麻は皆へと、殊勝に頭を下げ。

京一は、悪態を吐いてそっぽを向き。