──龍斗──

例えこの先がどうなるにせよ、暫くの間は鬼哭村に留まると決めた翌日、早速私は任に連れて行かれた。

内藤新宿に行って、偵察を、と天戒に言われ、とてもとても聞き覚えがあるような気がしたその名の所に行けるのだと思ったら、我知らず心が弾んで、でも。

鬼道衆の為になる話を尋ね、町場で何か変わったことはなかったか探ると言う仕事を果たすには、聞き覚えはあれども、私は足踏み入れたことない筈の内藤新宿のあちこちを歩き回らなくてはならないから、『皆』の声に耳傾けてしまう余り、直ぐに道に迷ってしまう癖のある私は、どうすれば良いかと、内心に焦りを抱えた。

『皆』の──ヒトでないモノの声ばかりが聴こえるから道にも迷う、などと白状したくなかったし、何故か、それを天戒達『にも』知られたくない、とも思ったが、かと言って、適当な誤摩化しをすれば、子供でも出来る遣いすら果たせない、と思われそうだったから、それも何となし嫌で。

だが、そんな私の焦りは、簡単に誤摩化すことが出来た。

鬼哭村は、天戒達が築いた幾重もの結界に取り囲まれており、慣れぬ内は一人での行き来は無理だし、内藤新宿は不案内だろうからと、同道することになった桔梗が世話を焼いてくれたので。

そういう訳で、全てのことに不案内だ、との態を拵えて、一人きりでは道すら上手く歩けないことある己の質を覆い隠し、私は唯、桔梗と澳継の後に付いて行った。

────村を出、山を下り、辿り着いた内藤新宿に、私は何故か憶えがあった。

天戒や桔梗達に憶えがあったように。鬼道衆、と言う名に憶えがあったように。

必要なことを探る為、暫し彷徨った町中で言葉を交わした者達全てにも、憶えがあった。

その理由わけは、どうしても掴めなかったけれど。

皆、確かに何処かで出会ったような気がしたし、面影には馴染みがあったし、そんな者達の語る声は全て、『少しばかり遠い』で済んだ。

瓦版屋の遠野杏花、臥龍館と言う剣術道場の師範代の桧神美冬、鬼道衆の一人だと言う九恫尚雲、彼等から感じる何も彼も、敢えて言葉にするなら、妙、と言えるだろう手応えで、何処かで出会ったような気がする彼等と行き会い、彼等の『少しばかり遠い』声を聞く度、「この心地は、この手応えは、一体何だ?」と思うことを私は止められなくなって、段々と、胸がむかつくような気持ち悪ささえ感じ始めた。

………………私は一体、何を知っているのだろう。

私の中の『何処か』にある『何か』は、何を憶えているのだろう。

そして私は、何を思い出せずにいるのだろう。

何かを憶えている私の中の『何処か』にある『何か』とは違う、やはり、私の中の別の『何処か』にある別の『何か』は、何を忘れているのだろう。

……私は、とてもとても大切な何かを、知っているような気がする。

とても大切な何かを憶えていて、大切な誰かを憶えているような気がする。

でも。

私は、とてもとても大切な何かを、忘れているような気がする。

とても大切な何かを忘れていて、大切な誰かを忘れているような気がする。

…………そう思ったら、気持ち悪さは私の中で募って、胃の臓の中の物全て、吐き出したくて堪らない心地に駆られさえした。

────口許を押さえ、胸許を押さえ、気持ちの悪さに耐えても。

大丈夫なのかと、私の耳許で囁き、気遣ってくれた『皆』の声や想いに耳傾けても。

憶えている筈の、けれど忘れてしまっている何かを、誰かを、その時の私は思い出せなかった。

それより暫し、鬼哭村で、鬼道衆の一人として過ごす私の日々は過ぎた。

村での毎日は、とても穏やかだった。

これ、と言う任がない限り、村の者達と共に田畑を耕したり、家屋敷の修繕をしたりするのが主な仕事で、それとて、毎日毎日朝から晩まで、と言う訳ではなく、その内に私は、桔梗や尚雲や澳継を真似て、一人、内藤新宿まで出てみるようになった。

出掛ける度、道に迷いはしたが、一人きりでなら、どれだけ迷い彷徨おうが問題なかったし、毎度、たった一人で路地路地を右往左往する私を見兼ねたのか、何時しか、『顔馴染み』になった野良犬や野良猫が私の世話を焼いてくれるようになって、散々迷い、疲れ果てた頃、ひょいっと顔を見せる馴染みの犬猫達の後を付いて行くだけで、何とか、村の門が閉まる刻限までに帰ることも出来るようになった。

迷ってばかりのくせに内藤新宿へと一人赴く私の行いに、余り益はなかったが、誰とも連れ立たず出掛けて行く私が、実の処、一歩村を出た途端に迷い始めているなどと、天戒達は思い至らなかったようで、お陰で私は、『皆』の声の所為で道にも迷う、との質を誤摩化し続けることが出来た。

────こんな情けない質の私は、以前、どうやって町中を歩いていたのだろう、と訝しがる度、何処となく胸は痛み。

鬼哭村へと続く道を、私を案内あないしつつ辿りながら、何やら物言いた気な目を見せる馴染みの犬猫の態に、居心地の悪さを覚え。

胸の痛みを覚える都度、居心地の悪さを覚える都度、どうしてか、私は、左の手首に温もりを感じ、『幻』を見た。

何者かに、そこを掴まれているかのような温もりを。

道も碌に歩けぬ私の左手を、常に掴み引いてくれていた、『誰か』の『幻』を。

……だけれども、それは何処までも、『夢』でしかなく、『幻』でしかなく。

『夢』でしかない温もりと、『幻』でしかない『誰か』の姿を追いながら、私は、唯。

鬼哭村での、鬼道衆の者としての、穏やか、と言える日々を過ごし続けた。