──龍斗──

遠くなってゆく彼等を──蓬莱寺京梧を、何時までも見詰めていたら。

「忘れるなよ、師匠。あれが────龍閃組だ」

何かを確かめるように、然もなければ『釘を刺す』ように、探る風な目をして私を見ながら、尚雲が言った。

どうして、桔梗が私を「たーさん」と呼ぶのか判らぬように、どうして尚雲が私を「師匠」と呼ぶのかは判らないが──もしかしたら、一度立ち合った際、始めの合図と共に、盛大に彼を吹き飛ばしてしまったからかも知れないが──、少なくとも仲間へ向ける情のようなものを私に抱いてはくれているのだろう、故にそう呼ぶのだろう彼に、そんな目をさせてしまうような態を、先程私は取ってしまったろうか? と少々慌てつつ、私は曖昧に頷いてみせた。

だが、頷きながらも私が考えていたのは、尚雲に言われずとも、彼等が龍閃組であることを、私は『知っていた』らしい、と言うことだった。

……そう、私は『知っていた』。

『初めて』顔合わせた彼が──彼等が、龍閃組であるのを。

そして。

彼が──蓬莱寺京梧が、どうしても思い出せぬ、私の『夢』や『幻』の中の『誰か』のような気がする、とも考えていた。

私の中の『何処か』の『何か』が、『誰か』は蓬莱寺京梧だ、としきりに訴えていた。

────だから。

その日を境に、私の『夢』や『幻』は、少しだけ、夢や幻から真へと近付き。

私は、どうしても、蓬莱寺京梧に逢いたい、と願うようになった。

幕臣の罠に嵌められ、小塚原の刑場で磔に処される処だった幼い兄妹の父御を、不当な刑より救うこと叶え、又、数日が過ぎた頃。

私達は京の都に向かった。

京都所司代を務める松平容保に、幕府が『大切な荷』を送るらしい、との話が齎されて、それを追う為の旅だった。

京へ向かう際、東海道を行く者と、幕府の御用船に忍び込む者とに分かれることになって、天戒に、何方が良いかと問われた私は、ほんの少しばかり悩んだが、天戒や尚雲と、東海道を行くことを選んでいた。

……幕府の御用船は、龍閃組が警護の任に就くとのことだったので、船に忍び込めば、顔合わせは出来ずとも、蓬莱寺京梧の姿くらいは目に出来る、と思わないではなかったが、彼の姿を見掛けたら最後、きっと話し掛けてしまう、と私には判っていて、本当にそんなことになってしまったら、天戒達の立てた策を台無しにしてしまうから、敢えて。

──そうして向かった京では、小塚原の出来事の際、奈涸が鬼道衆に加わったように、元・新撰組隊士の、壬生霜葉、と言う者と、們天丸と言う、私の目には、天狗に連なるモノとしか映らなかった『男』が、鬼道衆の一員になった。

又、ひょんなことから、龍閃組の一人である美里藍──どうにも懐かしさと親しみを感じる一人である彼女が、天戒達が探し求めていた『菩薩眼』と言うモノの持ち主であることも知れ。京より戻って直ぐ、菩薩眼である美里藍を勾引す、と言う任に携わったりもした。

真のことを言うなら、彼女を勾引すと言うのは、嫌々ながらもするしかない憂鬱な任だったのだが、良かった、と言えることもあった。

それが何かと言えば、美里藍が、天戒の生き別れになっていた腹違いの妹らしい、と私には薄々ながら察することが出来た、と言うことと。

天戒が兄であると知らぬ彼女が、鬼道衆の頭目と知っても尚、彼へと言葉を尽くそうとするのを止めなかった、と言うことの二つ。

彼女がそういう質であるのを、私は何となく『知っていて』、故に──と言って良いのかどうかは判らぬが──何とはなし、彼女の態を誇らしく感じたりもしたし。

兄妹の名乗りをするつもりはない様子だったが、天戒が、彼女を確かに妹として案じている様子も窺えたから、何時か、彼を諭す機会も得られるかも知れぬ、と思いながら、こっそり、勾引したは良いが返してやることになった彼女と、天戒の横顔を見比べたりもして。

そんな出来事も過ぎ、慌ただしさに一段落が着いて、もう数日もすれば、江戸の町に夏の訪れを告げる大川の川開きがやって来る、となった頃から。

私は、それまでに況して、探索、との建前を振り翳し、一人、内藤新宿に赴くようになっていた。

理由わけは唯一つ。

どうしても、蓬莱寺京梧に逢いたかったから。

故に、私は足繁く、あの宿場町に通った。

鬼哭村に留まるようになって、二月と少しばかりが経っていたから、鬼哭村から内藤新宿への道程は、何とか真っ当に辿れるようにはなっていて──そもそも、殆ど一本道だったし──、が、新宿の町の木戸を潜った辺りから既に迷う、と言うのは相変わらずで、でも。

あの、私の目には光り輝く珠と映る程、鮮烈な陽の氣を放つ彼を見付け出すのは、とても容易いことだった。

彼の氣を目印にすれば良かったから。

だから私は、道には迷っても、直ぐに彼を見付け出すこと出来て…………、けれど。

初めて、新宿の町の片隅で彼を見付けた時には、中々、声を掛けられなかった。

美里藍には、もう私が鬼道衆の者であると知られていたし、例え、彼女があの夜の出来事全てに口を閉ざしていたとしても、その少し前、巷で噂になっていた、大宇宙党、と名乗る義賊達のことを調べていた尚雲が、鬼道衆の名乗りを上げて龍閃組と戦っていたので、尚雲と共にいた私を、蓬莱寺京梧とて、鬼道衆の者と悟っただろうから、話し掛けた処で相手にもして貰えぬか、問答無用で抜刀されるかの、二つに一つではないか、と思えて、そうなってしまったら嫌で…………。

……だけれども。

気後れしたまま、気配も氣も殺して彼の後を尾け、暫し時が過ぎた時。

思い切って、私は、彼に話し掛けた。

どうしても、彼と言葉を交わしたかった。

…………彼に、私を見て欲しかったから。

私に、声を、想いを届けて欲しかったから。