──龍斗──

比良坂に会い、何も彼も、全て思い出したその夜、私は熱を出して寝込んだ。

まるで津波のように襲い来て、頭の中を駆け巡った、沢山の……本当に沢山の、失っていた想い出を、容易くは受け止め切れなかった。

幕府の屋形船から逃げ出す際、私達は大川に飛び込んでいたから、その所為で風邪を引いてしまったのではないかと言いながら世話を焼いてくれた天戒達には申し訳ないと思ったが、本当のことなど打ち明けられよう筈も無く、打ち明けた処で信じて貰えるとも思えず、皆の憶測に乗って風邪の振りをし、診療所代わりに使われている小さな家の片隅に横たわった私は、煤けた壁だけを見詰めていた。

────私は既に、一度、慶応二年と言う年を、水無月の終わりまで過ごしていたこと。

『今』は、二度目の『慶応二年』であること。

一度目の慶応二年、私は、京梧と同じ、龍閃組の一人だったこと。

甲州街道の、高井戸の宿を少しばかり内藤新宿寄りに行った所に、ひょい、と姿見せるあの茶屋で、京梧と巡り逢った時のこと。

藍や、小鈴や、雄慶や、時諏佐先生や、仲間達のこと。

……そんな様々が、横たわり続ける私の瞼の裏に、浮かんでは消えていった。

…………京梧や龍閃組の仲間達と過ごした日々。

振り返れば、幸、の一言でしか言い表せぬ、あの頃の毎日。

京梧に、恋をしていたこと。

そして、今でも彼に、恋をしていること。

水無月が終わり掛けたあの日、仲間達も、京梧も、私も、あの男──柳生崇高に命を絶たれたこと。

京梧と共に、柳生の大刀で貫かれた、あの刹那のこと。

………………そんな、失っていた、けれど取り戻した想い出や想いは。

現に近付きつつあったとは言え、昨日までは『夢』や『幻』でしかなかった、浮かんでは消え、消えては浮かぶ想い出や想いは、私に涙だけを流させた。

……一度目の慶応二年に。二度目である『今の慶応二年』に。あの日、京梧を失ったことに。けれど『今』、彼が生きていてくれることに。

私は、とても幼い子供のように、唯、ひたすらに泣いた。

泣くしか、出来ることはなかった。

両国から鬼哭村に戻った夜と、次の一日、熱に浮かされつつ泣き濡れながら寝込んで、何とか、思い出した全てを漸く受け止めた私は、昨日まで倒れていたのに出掛けて大丈夫なのか、と留めようとする皆を誤摩化し、内藤新宿へ行った。

それより約七日も、毎日、私は新宿へ──京梧の許へ通い続けた。

────『二度目の慶応二年』の春からそれまで、私の周りで起こった出来事は、『一度目』と大差なかった。

『一度目』の私は龍閃組で、『二度目』の私は鬼道衆だから、あって然るべき相違はあったが、それでも、大筋に違いはなかったから。私は、そのままでは『一度目』と同じ結末になってしまうだろう『行く末』を、何とかして変えたいと思った。

例え、敵味方に裂かれたままだろうと、『一度目』を京梧が忘れたままだろうと、もう二度と、私は彼を失いたくなかった。

もう二度と、彼の命果てる刹那を見たくなかった。

現世と常世を繋ぐ糸を紡ぐ織り姫、と自らをそう言った比良坂に、『貴方は、未だ、此々に来るべき運命さだめではない。貴方の宿星は、未だ燃え尽きていない』と言われ、恐らくは彼女によって、私は『二度目』の生を与えられたのだから。

そして、『一度目』を思い出したのだから。

いまだ宿星に護られているらしい、『一度目』を知る私が足掻けば、『二度目』は変えられるのではないかと思った。

だから、『行く末』を変える機会を逃さぬ為に、京梧の傍らに添った。

が、『一度目』の頃、京梧や龍閃組の皆が、私にとっては、大切な大切な、家族にも等しい者達だったように、『二度目』のその時、彼等と同じく鬼道衆の皆も、私にとっては、大切な大切な、家族にも等しい者達になっていたから、『一度目』、私達のように、柳生崇高に命断たれていたかも知れぬ鬼道衆の『行く末』も、私は何としてでも変えたかったので、京梧の傍らにばかりはいられなかった。

『一度目』の大川の川開きの日より、松平容保公の体から、あの、黒繩翁と言うモノが姿現したあの夜までの七日の間、何が起こったかを一つ一つ思い返し、『行く末』の『先読み』をし、出来事と出来事の間に僅かずつ生まれる隙間のような時を縫って、京梧達の様子に気を配り、鬼道衆の皆の様子にも気を配り、且つ、与えられた任をこなすと言う、目紛しい七日を私は送った。

目が回るような七日は、あっと言う間に過ぎた。

『一度目』、龍閃組の前に黒繩翁が初めて姿見せた夜、鬼哭村には、蜉蝣と言う名の虫遣いの女が現れて、黒繩翁の不吉な科白と同じことを言い残して消えた。

そして、それから半月と少し。

水無月が終わり掛けるまで、私を含め、鬼道衆の者達は、蜉蝣が言い残した不吉な言葉の手掛かりと、蜉蝣自身の手掛かりを求め、江戸中を巡った。

そうしながらも私は、やはり、足繁く京梧の許を訪れ、彼や龍閃組の様子を窺い、黒繩翁の手掛かりをも求めた。

けれど、『一度目』の時同様、黒繩翁へ繋がる手掛かりも、蜉蝣へと繋がる手掛かりも、彼等が残した不吉な言葉に繋がる手掛かりも。

あの男──柳生崇高に繋がるそれも、何一つ、私は得られなかった。

…………そのまま。

『二度目』の慶応二年の、水無月の終わりがやって来た。