──京梧──
大川の川開きが終わった、翌々日。
又、龍斗は俺を探し当てた。
──あいつは何時だって、春風みたいな風情を纏ってる奴で、浮かべる笑みも春風そのもので、でもその日のあいつは、ちょいと様子が違った。
酷く思い詰めてるような暗いツラして、何一つも見落としたくない、そんな風な、真剣を通り越し、鬼気迫るような眼差しを俺に向けた。
隙を見て、気付かれぬように覗き込んだあいつの両の目は、泣き腫らした後みたいに、何となく腫れぼったかった。
だから、何か遭ったな、と悟ったが、龍斗は、何とかして何時も通りに振る舞おうって努めてたから、問い質すのは止めた。
その内、自分から白状するだろう、ってな勘が働いたから。
が、あいつの、酷く何かを思い詰めてるような、鬼気迫る風情を気に掛けるのは止められず、それとなく、俺は、あいつのすること、言うことに気を配った。
…………そうしてみたら、幾つかのことに気付けた。
その頃の俺は──と言うか龍閃組は滅茶苦茶忙しくて、正直、連中に隠れて龍斗と逢う間も容易には取れないくらいだったんだが、龍斗は計ったように、俺の手が空いてる時にばかり顔を出した。
たまたま、と言っちまえばそれまでだが、何時も何時もそうだったから、その内に俺は、「こいつは、この先、何が起こるのかを知ってるんじゃねぇか」としか思えなくなった。
……そう。
あいつは『何か』を知ってる。恐らくは、俺達の『行く末』に関わる『何か』を。
…………それが、俺が気付けたことの内の一つで。
何故か龍斗は、俺や、俺達を『何か』から護ろうとしてる、ってことにも気付けた。
そうまで必死になって、何から俺達を護ろうとしてたのかまでは、どうしても判らなかったが。
そんなこんななまま、七日が過ぎた。
どうしようもなく忙しない七日だった。
入谷田圃の向こうまで行かされたかと思えば、大森なんて田舎に行かされたりもした。
等々力不動で、鬼道衆の頭目の九角天戒が、美冬の体に天海って大昔の坊主の霊を降ろそうとしたのを防ぎもしたし、内藤新宿の付け火騒ぎを鎮める手伝いをしたりもした。
松平容保の親父が、乱心したみてぇに百合ちゃんを捕らえさせたり、龍泉寺を捕り方に包囲させたり、なんてことも起こったし、それを治めに、わざわざ上方から将軍様がやって来てくれたり、容保の親父に取り憑いてた、黒繩翁、ってな得体の知れねぇ奴を円空のジジイが引き摺り出したり、ってなこともあった。
────そんなに忙しなかったのに、俺は、毎日毎日、龍斗に逢った。
感じからして、あいつも相当忙しくしてたんだろうに、それでもあいつは、俺に逢いに来てくれた。
驚く程に呆気無く、俺を探し当ててくれた。
…………それは、どうしようもなく嬉しいことだった。
例え、あいつが、胸の中に何かを秘めてるんだとしても。
秘めてる何かの為に、俺に逢いに来てくれてるんだとしても。
それでいい。構いやしねぇ。
……そう思える程に。
でも。
その頃、未だ、俺の中で龍斗は、夢でしかない『夢』が見せる、幻でしかない『幻』の『誰か』と、重なり切っていなかった。
忙しない七日は、忙しないまま終わった。
そして、それから半月と少し。
俺含め、龍閃組の者は皆、黒繩翁の野郎が言い残した不吉な言葉の手掛かりと、あの野郎そのものの手掛かり求めて、江戸中を駆けずり回った。
そうしてた合間合間に、引っ切り無しに俺を訪ねて来る龍斗とも逢ってた。
鬼道衆の方でも何か遭ったのか、あいつは時折、俺達が探してる奴のことを知りたがる風な素振りを見せた。
が、雲を掴むような話や、同じく雲を掴むような相手の話は、してやりたくても出来なかった。
その度、少々落胆したようなツラを龍斗は見せたから、すまねぇ、とは思ったが、俺にはどうしようもなかった。
手掛かり探しに奔走し、秘かに俺に逢いに来る龍斗に構う余り、何時しか俺の足は、例の見世物小屋から遠退き、比良坂って女のことも、憶えの向こうに行き掛けて。
────忙しない日々ばかりを送ってた俺達に不意に与えられちまった、半月と少しってな、仮初めの平穏に、頭がくらくらして来た頃。
その半月と少しの間も龍斗が見せてた、酷く思い詰めてるような、鬼気迫る風情が一層濃くなった頃。
どうしようもなく暑い日ばかりが続いた、水無月の終わりがやって来た。