──龍斗──

『二度目』のあの日がやって来た。

その日、私はもう、求め続けたあの者達の手掛かりを探そうとはしなかった。

唯、鬼道衆の仲間達と共に内藤新宿へ出て、言い訳を付けて抜け出し、これが最期とならぬよう、それだけを願って京梧と逢って、鬼哭村に戻った。

再び、蜉蝣が、黒繩翁が、柳生崇高が現れようと、私の、大切な大切な、家族にも等しい者達の命は、京梧の命は、決して断たせない。

……それだけを、胸に誓った。

──鬼哭村に辿り着いたのは、宵の口だった。

薄らと、黄昏時の名残りが漂う中、辺りの気配が変わったのを悟り、身構えれば。

蜉蝣が姿見せた。

彼女は、『一度目』の時の黒繩翁のように、強い氣を探っていたら、ここに辿り着いた、と言い、その正体が何であれ、斃してしまえばいいと、私達を幻の中に引き込んで、戦いを仕掛けてきた。

……魔性の者達を斃し、幻を打ち払えば。

あの男────柳生崇高が現れた。『一度目』の時の如く。

『一度目』の時もそうだったのか、それは私には判らないが、あの男は、嵐王──『以前』の私が、支奴洒門として知っていた彼を誑かしていて、私達は、あの男に変生させられてしまった嵐王とも戦い。『あの時』、藍や時諏佐先生が語ったように、人の想い、望む行く末、望む行く末の為に人が何が出来るか、人が如何なる力を秘めているか、それ等を天戒が語った時、あの男は。

「愚か者共よ。俺の『力』を見るがいい」

嘲笑いつつ、『力』を使った。

途端、風が止み、全ての物音が消え、水の匂いも途絶え。鬼哭村全てが、まるで、『死んで』しまったナニカと化した。

あの男が一帯の氣脈を塞き止めた所為で、村に、ひたひたと迫る滅びが齎され始めていた。

……そんな行いをされ、私達は憤ったが、柳生は唯々、高い声で私達を嘲笑うのみだった。

望みも、夢も、下らぬものだ、と。死んでしまえば、只の幻でしかない、と。

「だと言うなら、お前を斃し、村に掛けられた術を解くだけだ」

そう言い放つあの男へ向けて、天戒が刀を抜き去った。

「無駄だ……。お前も死ね────

「天戒様!」

天戒を、天戒が向けた刀の切っ先を、柳生は鼻で嗤い、大刀を振り翳し。桔梗の悲鳴が上がった。

────繰り返しだった。

比良坂の『声』は響かなかったが、成り行きの仔細や、私の立場や、在る場所や、傍らの仲間達が違うだけで、それは、『一度目』のあの時の繰り返しだった。

私は、『一度目』を知っていたのに。

知っていて、『二度目』の刻を生きたのに、同じ道しかなぞれぬのかと、私は歯を食い縛った。

「うぬ────っ!? これは……?」

────その、刹那。

私の目の端を、何かが掠めた。

見覚えのある物──その場には余りにもそぐわない、団子の串。

邪魔が入ったこと──己の気付かぬ間に、邪魔を入れられる何者かが近付いていたことに、柳生は驚いたように振るい掛けていた凶刃を止め、邪魔者の気配を振り仰いだ。

……『その者』が誰なのか、氣と気配で察して。思わず、涙零しそうになりながら。

私も又、『その者』を振り仰いだ。

「よぉ。元気だったかい? 鬼道衆────

振り仰いだ先──鬼哭村の広場の至る所に植わっている木々の一つの、その又一つの枝の上には。

京梧がいた。

『一度目』の春、甲州街道の桜の大木の上より、彼が『降って来た』時のように。

眼差し向けた私を見下ろし、あの時の如く、笑みながら。

…………だから、私は、その時。

あの刹那のように、夢見心地になった。

その夜、龍泉寺に姿現した黒繩翁に、時諏佐先生が村と同じようにされてしまい、円空様に、支奴から目を離すな、と言われていた京梧達は、支奴──嵐王の後を尾け、鬼哭村へと辿り着いたそうで。

その場には、京梧だけでなく、藍の姿も小鈴の姿も雄慶の姿もあった。

彼等が無事でいてくれた、それだけで、私はこの上無い喜びと安堵を感じたのに、彼等は皆、私のことを、ひーちゃん、とか、龍斗、とか、以前のように呼び掛けてくれた。

……京梧も。

私を見詰めながら、ひーちゃん、と。あの頃のように。

京梧や藍達の口振りから、もしかしたら、彼等も私のように、『一度目』を思い出したのかも知れない、そう思い、私は心底の幸を感じながら、改めて柳生崇高と向き合った。

龍閃組と鬼道衆、この二つの力が揃えば、柳生も討ち果たせると思ったが、あの男は、現れた黒繩翁の、気になることがあるからこの場は引いた方が良い、との忠告を受け、影のように何処へと消えてしまったから、その時は、あの男を討ち果たすことは叶わなかったけれど。

京梧達が無事で、天戒達も命落とさずに済んだから、一先ずはそれで良しにしようと素直に思えた。

繰り返すだけかと思えた『二度目』の『行く末』は変わった。

甚くぎこちない風情を滲ませてはいたけれど、成り行きの所為とは言え、柳生崇高を前に、龍閃組と鬼道衆と言う、昨日までは敵味方だった者同士、この先は共に肩を並べて戦って行くことになるだろうのを、誰もが皆、一応は受け入れようとしていた。

私は、と言えば、京梧が「ひーちゃん」と呼んでくれたのを受け、もう、仲間達の目も何も彼も忘れ、京梧の許に駆け寄り、半ば縋り付かんばかりにしていた。

両腕を伸ばし、彼の着物の襟元を掴み上げて、今にも泣き出しそうになってしまっている顔を、京梧にも、誰にも見られたくないと、そこに面を伏せた。

京梧も京梧で、端からは、取り乱したとか、乱心したとか、そんな風にしか思えなかっただろう私の『乱暴』を、極当たり前に受け入れて、それこそ誰の目も気にせずに、泣くのを堪えるしか出来ずにいた私を、肩を叩きながら宥めてくれていた。

────そんな風に、例えて言うなら、何をどうしたらいいのか誰にも判らぬ気色ばかりが随分と長らく漂い、その間、私は我を忘れ続け、京梧は我を忘れた私を宥め続け、としてしてまったので、皆、真に拍子抜けしたような気分を覚えたのだろう。

誰からも何の言葉も洩れず、が、やがて、戸惑いや唖然から何とか立ち直ったらしい天戒が、皆へ、屋敷へ上がれ、と言い出した。

その頃には、もう宵の口も終わっていて、京梧達が龍泉寺へ戻るには遅過ぎる刻限だったから、天戒は、「成り行き上、致し方ないから、軒先くらいは貸してやる。俺にとて、それくらいの慈悲はある」と、誰とも目を合わせずにブツブツと小声の言い訳を始め、なら……と、皆、ぞろぞろ、所在無さげに天戒の屋敷の広間に上がった。

『一度目』の時、私の、大切な大切な、家族にも等しい者達になった彼等と。

『二度目』の今、私の、大切な大切な、家族にも等しい者達になった彼等とが。

様々な出来事と様々な想いに晒された果て、そうやって一堂に会したことが、私には、とても嬉しかった。

藍を除いた皆、小さな子供のように、こいつ等となぞ馴れ合うものか、との態だけは崩さずにいたけれど、それでも。

きっとこれで、私達の望む『行く末』は得られるだろう、と。

柳生崇高の望む滅びの道を、私達は断つことが出来るだろう、と。

私には、そう思えた。

…………が。

本当に大変だったのは、そこから、だった。