──龍斗──

私と二人きりの刹那は、秘める気など微塵もないらしい氣と気配を辺りに滲ませながら、衣擦れの音をさせつつ、京梧が私の傍らに添った時。

鬼哭村の広場で、彼が私を「ひーちゃん」と呼んでくれたあの時のように、私は、又、我を忘れた。

…………『一度目』、私は京梧に恋をしていた。

『二度目』のその時も、恋をし続けていた。

『一度目』を失っていた間も、『夢』や『幻』が見せる『誰か』──京梧のことを、私はそれと知らず、追い求め続けていた。

けれどそれは、私だけの想いだった。

私が、京梧に恋をしていただけ。

私が、彼を慕い続けていただけ。

でも……、彼の命が絶たれる間際、漸く、彼に恋をしているのだと悟り、彼を失ってしまうと嘆いて、だと言うのに、二人、こうして共に貫かれたまま逝けるなら、常世でも、私はきっと、運命さだめを嘆くことはない、とすら思った『あの時』を経て。

『二度目』の三月と少しを過ごし、恋い慕う、逝ってしまった筈の京梧が確かに生きていて、私の傍らに添ってくれている…………、と思った途端、私は我を忘れ、薄暗い天井より眼差しを外し、私よりも身の丈の高い彼を見上げつつ、唯、縋り付いた。

我知らず、京梧の膝上に乗り上げ、逞しい首筋に両腕を回し、有らん限りの力で縋り付いて、暫し、彼の名だけを呼び続けた。

「京梧……。京梧……っ……」

「……ひーちゃん。…………龍斗」

すれば京梧は、私がそうしたように、有らん限りの力で私を抱き竦め返して、私の名を囁いてくれた。

京梧は知らぬ、私だけの想いに突き動かされて、何事かと眉顰められるような真似をしてしまったのに、彼は、私の望むモノを返してくれた。

…………だから。

打ち明けてしまおう、と。

咄嗟に私は思った。

或る日突然、愛おしく想っている者を、愛おしく想っている者の命を、否応無しにもぎ取られる苦しさと辛さと悲しさを、『一度目』の『あの時』、私は、嫌と言う程知った。

一寸先、如何なることが起こってしまうか解らぬ世の理を、身を以て。

ならば、私が望むモノを、こうして京梧が返してくれている今、いっそ、想いを打ち明けてしまおう、そう考えて、

「……京梧…………?」

「何だ?」

「『一度目』の頃から、ずっと。今も。私は、お前を愛おしく想っている」

彼に縋り付いたまま、厚い胸許に伏せた面は上げず、小さな声で、私は、彼に想いを伝えた。

「龍斗…………。お前……」

──お前のことを、愛おしく想う、と告げた途端。

私を抱き竦めていた京梧の腕が、強く震えた。

呻きに似た声も洩れた。

震えた腕の中で、その声を聞いた私は、打ち明けてはならぬことを言ってしまったのだ、と身を竦めた。

「先に言うんじゃねぇよ」

だが。

離れてしまう、解かれてしまう、と怯えた彼の身も腕も、私に添ったままで。溜息を吐き出した京梧は、ぼそり、不機嫌そうに言った。

「何を?」

「何を? じゃねぇっての。────龍斗。俺はな、お前に惚れてる。……っとに、先に言っちまいやがって……。俺の立つ瀬がねぇじゃねぇか」

「…………京梧?」

「俺の言ってることが、解らねぇか? 俺も、お前を愛おしく想ってるっつってんだよ。──俺は、お前に惚れてて。お前が愛おしくて。俺の傍らだけに添って、俺だけに、春風みたいな笑みを向けてて欲しい、そう思ってるって話だ」

……声音は、何処となく不機嫌そうだったものの、京梧は、面を上げられずにいた私の背を、ぽんぽんと、赤子にしてやる風に、幾度も慰めるように叩いて、その刹那まで、私だけの想いでしかなかったことを、私達の想い、に変えてくれた。

「京梧…………」

「……龍斗。正味の話、な。『あの夜』、柳生の野郎に、俺とお前が纏めて貫かれちまった時、俺は、お前と二人、一つの刃で貫かれたまま逝けるなら、一つの幸だって言えるのかも知れない、そう思った。……ま、二度と、あんなのは…………お前を逝かせちまうって轍を踏むのは、御免だがよ。……でもな。あの刹那、俺は、本当にそう感じてた。──それくらい。……龍斗、俺はそれくらい、お前に惚れてる」

────そうして、京梧は。

やっと、伏せていた面を上げた私を、優しく柔らかい笑みを浮かべながら見下ろし、私を抱き竦めたまま青い畳の上に横たわり、伸ばした腕で行灯を引き寄せると、仄かだけ灯っていた灯りを落とした。