──京梧──

その年の夏は、あっと言う間に終わった。

文月も葉月も、凄まじい早さで流れた。

そうして、気が付いた時には、野分がやって来てた。

余り思い出したくはない江戸城でのあれ以来、俺達と鬼道衆の連中との言い争いは、めっきり減った。

勝負に負けたらひーちゃんの言うことを黙って聞く、って約束だったし、本気で、昨日までは敵だったのどうだのと、啀み合ってる場合じゃなくなってきたからだ。

そりゃ、全くやり合わなくなった訳じゃなかったが、俺含めた誰もが腹を決めてから起こったそれは、何つーか、解り合おうとする為のそれで、俺達が、ぎゃいのぎゃいの喚いてても、ひーちゃんも美里も何も言わなくなった。

寧ろ、好きにすればいい、ってな感じだった。

あちらさんの面子もこちらの面子も、色々と思うことはあったらしく、始めの内は躊躇ったり悩んだりしてた奴等もいたが、少しずつ、龍閃組の面子が鬼哭村に、鬼道衆の連中が龍泉寺に、と行き来は増えていった。

誰の目にも、「ああ、あの組み合わせだったら話も気も合うだろうな」ってのも見掛けたし、「何で、あいつとあいつが」ってな、どう考えても有り得そうもねぇ組み合わせも見掛けた。

多分、元々からその手の垣根の持ち合わせはなかったんだろう、あちらさんの們天丸は、俺以上の女好きだったようで、大手を振っての吉原遊びに俺を誘うようになった。

尤も?

思い立ったように、龍泉寺をひょっこり訪ねて来たあいつに、

「あんさんも、好きでっしゃろ?」

と、何度したり顔をされても、俺は誘いには乗らなかったが。

…………そりゃ、ここだけの話って奴だが、女遊びは嫌いじゃねぇから、誘いに乗り掛けたことはあったし、ひーちゃんと『そういう間柄』になった後、一回も吉原に行かなかったと言ったら嘘だが、ひーちゃん以外の奴に手を出したことは、八幡神に誓って一度もない。

そのお陰で、們天丸の野郎に、誰かに操でも立てているのか、とか、そういう相手がいるなら教えろ、とか、年中からかわれる羽目になっちまって、それは、その頃の俺の一寸した悩みの種だった。

とは言え、そんなこたぁのらりくらりと躱しゃ良かったし、ひーちゃんの耳には届いてないみたいだったから──誰に俺達の仲がバレた処で俺は構いやしなかったが、ひーちゃんは気にするかも知れないと思ったから、俺だって一応気は遣った──、大した話にもなりゃしないが、それとは又別に、この頃の俺にはもう一つ、一寸した悩みの種があった。

────円空のジジイが江戸城で一席設け、龍閃組と鬼道衆の行き来が始まって数日が経った頃。

ちょいと思う処があって、俺は、天戒に或る話を持ち掛けた。

前触れもなし、俺が一人で屋敷を訪ねたことに、天戒は最初の内は随分驚いてた様子だったが、ぼそぼそっと俺がした話に、一も二もなく飛び付いてきた。

その出来事が何だったのか、多くを語る気はねぇが、そいつの所為で、俺と天戒は、何つーか……、大袈裟に言っちまえば『戦友』みたいな間柄になった。

昔からの馴染みみたいに名前で呼び合うようにもなったし、酒も酌み交わすようになった。

俺は、決して真面目とは言えない質で、徳川幕府がどうこう、なんてことへの興味は欠片も持ち合わせちゃいなかったし、天戒は、真面目っつーか、兄妹だけあって美里のように思い詰める質っつーかで、龍閃組と手を組む腹を決め終えた後も、幕府に対して思うことは山程あって、で、更にそれを悩むような奴だったから、例えば酒の席で、互い、飲み下した酒が結構な量になる頃にゃ、酔った上での言い合いになったりもしたが、そんなん、その場限りで終わることだったし、お互い剣術絡みでは目の色が変わる性分だったから、あいつとする話は思いの外楽しくて、朝まで飲み明かす、なんてこともしばしばになった。

……俺と天戒の間にそんな付き合いが生まれたことも、間柄がそうなったことも、俺にとっても、恐らくは天戒にとっても、一寸した切っ掛けで解り合えたからそうなったって程度の、別段不思議なことでも何でもなかったんだが、他の連中にしてみれば殊の外意外だったらしく、特にひーちゃんが、二人の間に一体何が遭ったんだと、しきりに尋ねるようになって。

それが、その当時の俺の、悩みの種の一つだった。

俺が、不意に思い立って天戒に持ち掛けた話ってのは、江戸城での一件の意趣返しも兼ねてたから、ひーちゃんには内緒にしとこうってのが、俺と天戒の間の約束事で、だから、あいつにも打ち明ける訳にはいかなかったんだが、何で教えてくれないんだと、拗ねられたりもして……。

……ま、ひーちゃんの『拗ね』程度、可愛いもんだったが。

────兎に角。

文月と葉月の頃を、俺達はそんな風に過ごして、誰もがどたばたとしてる内に、夏は、とっとと何処かに行っちまった。

でも。

そんな夏の間も俺達が探し続けた、例の野郎共に繋がる手掛かりは、夏が過ぎても何処にも見付けられなかった。

皆、万に一つの見込みしかない手掛かりでも構わないから、とすら願ったのに、その、万に一つにも行き当たらなかった。

訪れる度、鬼哭村は、村を覆う灰色を濃くしていって、百合ちゃんの具合も、岩の窪みに溜まってく水滴のように、少しずつ、けれど確かに悪くなってった。

そんな或る日、ふと、ひーちゃんが、『一度目』の時のあの夜、黒繩翁の奴に劉が言った、『崑崙』を知ってるのか、ってな言葉を思い出して、奴は何かを知ってて隠してるんじゃねぇか、って勘繰ってみた俺達は、何とかして奴の口を割らせようとしたけれど、何時の間にか龍閃組の一人みたいなツラして、ちゃっかり龍泉寺を塒にした筈の劉は、どうしても探さなきゃならねぇモノがあるとかで行方を晦ましちまってて、その線も行き止まった。

……唯、ひたすら。

今の俺達に出来ることは余りにも少ない、それを思い知らされるだけの毎日が続いた。