──龍斗──

柳生崇高を、『あの』柳生崇高にしたのは己だと、そう打ち明けつつ。私達を試してみたいと崑崙は言って、戦いを仕掛けてきた。

仙道士と言うだけあって、彼の使う技は劉が扱うような符術で、更には、神の遣いと見紛うような異形をも呼び出してみせたので、少々手子摺りはしたが、上手くすれば、崑崙の口から柳生崇高に関する某かを知れるやも、と考えた所為もあってか、私達は常以上の力が揮えたので、彼とのそれは、思ったよりも容易く終わった。

…………だが。

討ち果たした、と思った途端、地に伏した彼のその又向こうに『もう一人の彼』が姿見せて、地に伏していた方の彼は、ふ……と掻き消えた。

……そう。

私達が戦っていたのは、彼が創り上げた、彼自身の幻だった。

私の目にも、本物の彼、と映った程に完璧な。

そうして、その時になって初めて、私は、彼の異様さに気付いた。

彼の声に呼ばれた直後は、藍の容態に気を取られて、彼女が無事だと安堵した後は、柳生崇高を知っているとの告白に気を取られて、『そちら』の方には気を配っていなかったから、その段になって、漸く。私は、崑崙が、生きてもいなければ死んでもいない、と悟った。

その時の彼は、生きているのに生きておらず、死んでいるのに死んでいない、そう例えるしかないモノだった。

故に、彼は一体……? と私が首傾げていたら、崑崙は、己と柳生崇高との関わりを話し始めた。

己の過去をも。

遠い遠い昔。

崑崙は、人の身でありながら、森羅万象を司る龍脈の力を手に入れ、『神』と呼ばれるモノになろうとしていた。

彼は、己のその邪な野望を叶える為、広い大陸を彷徨い、やがて伝説の崑崙山に辿り着き、伝説通りのそこで幾年を過ごした。

『永劫』のみが溢れるその地にて、自身も『永劫』に浸りながら時を過ごした彼は、何時しか邪な野望を忘れ……、が、山の頂の祠に隠されていた、龍脈の力を操れると言う『勾玉』を見付けた時、忘れ去った筈の邪な野望を思い出し、盗み出した『勾玉』を手に、ひたすら逃げて、海をも渡った。

けれども、渡った国──未だ、数多の武将達が小国に分かれ、戦乱ばかりを繰り返していた頃のこの国の有様に、無情とも言えるものを思い知らされて、己が何を求めていたかも見失ったまま彷徨い続けた彼は、徳川の御代が始まって暫くした頃、お家騒動に巻き込まれ、実の兄に殺され掛けた柳生崇高と出会った。

──────……と言う風な話が、崑崙が私達に語り聞かせた彼の昔と、柳生崇高との出会いの話だった。

…………街道から少しばかり外れた薮の中に倒れていた、今にも命果てそうな柳生崇高に気付いた刹那は、只、看取ってやろうと思っただけだった崑崙が、あの男の中に何を見付けたのか、それは、私には判らない。

死を目前にした柳生が呻くように洩らしたと言う、「力が欲しい……」との、「俺にもっと力があれば……」との言葉に、崑崙が何を思わされたのかも、私には判らない。

崑崙の生き様に、柳生崇高の運命に、毛筋程の情けも覚えぬと言ったら嘘になるが、崑崙の生き様にも、その果てに得た、柳生崇高との出遭いの末に彼が思ったことにも見付けたことにも、兄に命を狙われると言う運命の果て、心の中に決して消えぬ恨みの念を灯したのだろう柳生崇高にも、掛ける情けは私の中にはない。

けれど、崑崙が、柳生崇高の中に何かを見て、彼の言葉に何かを思ったらしいのは確かで、死を待つだけだった柳生崇高に手を差し伸べた彼は、あの男に己の持つ全てを教え、与え。柳生崇高は、崑崙に教えられたこと、与えられたこと、その全てを、乾いた砂が水を吸い取るように己が物にしてのち、崑崙が盗み出した『勾玉』──陰陽の勾玉、と言う一対のそれの片方を掠め取って姿を消した。

そして崑崙は、もう一つの『勾玉』をあの男から守る為に、地中深くに身を隠し…………────

「『勾玉』の『力』を使えば、この世は、今までにない危機を迎えるだろう。地は割れ、海は荒れ狂い、天は涙を流すだろう。それを引き出す『力』が、あの『勾玉』にはあるのだ」

二百有余年も昔の出来事を語り、成り行きを語り、そして。何処か他人事のように、崑崙は言った。

「何てことを……。お前が、こんなことをしなければ、この国だって、平和だったんだ。一体、どうやって責任を取るつもりなんだ!?」

淡々としたその物言いに、強い怒りを劉がぶつけた。

「こいつだ……。この、『陽之勾玉』を使い、『陰之勾玉』を封じれば────そうすれば、奴が龍脈を制することは出来なくなるだろう」

だのに崑崙は、ちら、とも劉を見遣らず私へ向き直り、

「お前だけが、それを成し遂げることが出来る。緋勇龍斗。お前だけが────

彼は、じっと私を見詰めながら、当然のことのように告げた。

「柳生崇高が、宿星を持っていたのと同じように、俺には、お前の頭上にも『星』が視える。俺が奴と出遭ったのが運命ならば、お前がここに来たのも運命なのだ。…………緋勇龍斗。お前は、この『勾玉』を受け取るか?」

告げながら、彼は私へと、白く輝く『勾玉』を差し出し、

「……ああ。受け取る」

私は、自分でも不思議なくらい躊躇うことなく、『勾玉』を受け取った。

「このような形で、肩の荷が下りるとは、想像だにしなかった……。これでやっと、俺は、俺の罪を償うことが出来る………………。────俺の体は、もう朽ち果てている。これからはここで、世の行く末を見守ることにしよう。お前達の進む道を。お前達の世を……──

彼の手より、私の手へと、『勾玉』が移るや否や。

崑崙は、安らぎ、とも言えるものに満ちた薄い笑みを浮かべ、え……? と驚く私達の目の前で、塵となって消えた。

彼が逝き。逝く彼を見送るように軽く目を閉じ、再び開いた時。

そこはもう、地の底をうねる如く進む『穴』でなく。

降り積もった一面の雪と、降り続く雪に覆われ、満たされた、富士だった。