──京梧──

柳生崇高を知っている。

あの男に野望を植え付けたのは自分だ。

……そんな崑崙の白状に俺達は色めき立ち、そうだってなら、あの男に関して知ってることを洗いざらい喋って貰おうじゃねぇか、と。

あの野郎をぶっ倒す為の手掛かりを寄越しやがれ、と。

俺達を試してみたいとか何とかほざきやがったあいつの言い種を、俺達は直ぐさま受けて立った。

神の遣いにも見える異形をも招き寄せてみせた崑崙の戦い方は、俺達には慣れのないそれで、ちょいとばかり手を焼いたが、何が何でもこいつの口を割らせる、ってな勢いを俺達は味方に付けたから、割合、やり合いは呆気無く終わった。…………が。

何だ、思いの外手応えがねぇなと、こっちが得物を納めるや否や、倒した筈のあいつの向こう側に、もう一人のあいつが現れて、もう一人──本物のあいつは、「お前達が戦ったのは、俺が創り上げた俺の幻だ」と嫌味ったらしく嘲笑いやがったが、俺達を試してみたいってのは満足いったのか、やけに人間離れした気配を滲ませながら、『遠い昔』を語り始めた。

てめぇの昔話を。

柳生崇高と出遭った頃の話を。

人のまま、神に等しい力を持って、神の如きモノになりたい。……ってな野望を持ってたあいつは、ああだこうだの果て、崑崙山の連中や劉の一族が守り続けてた、龍脈を操れるらしい『勾玉』を盗み出し、この国まで逃げて来て、彷徨ってた最中、柳生の野郎に出遭ったらしかった。

……あいつのそんな邪な野望も、流れ着いたこの国であいつが感じたことも、俺には到底解らなかったから、その辺りの話は半分聞き流した。

神になりたいなんて願いは、俺に言わせりゃ、「起きたまま寝惚けるな」の一言に尽きるし、どうやら戦国の頃だったらしいこの国を一人彷徨ったら、人間の余りの下らなさに嫌気が差しちまったとの言い分は、やっぱり俺に言わせりゃ、「何を勝手なことを言ってやがる」にしかならねぇから。

起きたまま寝惚けてるとしか言い様のねぇ野望を叶える為に、盗みを働いて、逃げて、この国まで逃げ延びて、だってのに、逃げ延びたその先で、人ってモンに飽き飽きした、なんて、身勝手にも程があるとしか俺には思えない。

国が違おうと、人が早々変わる筈は無い。人ってな、そんなもんだ。

その、飽き飽きするしかない人ばかりが溢れる世で、神に等しい力を持って、神の如きモノになりたいと願ったのはてめぇなんだから、何を今更寝言を垂れる? と思ったって、仕方ねぇの一語だ。

だから、あの男のそんな下らねぇ昔語りに真っ当に耳貸してやる気なんざ、俺には更々なかった。

それよりも、柳生崇高との出遭いの話の方が、俺の気を引いた。

────初代の幕府惣目付──今で言う大目付までも務めた柳生但馬守が死んだ時、江戸柳生家にお家騒動が起こったって話は、三代将軍の御代が遠くなったその頃でも言い伝えとして残ってて、俺も知ってたことだった。

当時のあそこの三男坊──柳生宗冬は結構な野心家で、結局、本来だったら家督を継ぐ筈だった長男の十兵衛を亡き者にして、てめぇが家督を継いだ、とか言う、まあ、お決まりっちゃお決まりの言い伝えだが。

……でも、ま、その言い伝えは、或る程度正しかったってことなんだろう。

実の弟に亡き者にされても、歴史に名は残した十兵衛とは違って、名すら消されちまった連中の末弟、それが崇高の野郎で、てめぇを追い遣るだけでなく、命までも奪おうとした兄貴が許せなくて、恨み辛みを募らせた、それが、俺達の知る柳生崇高って男だ、ってことなんだろう。

………………だが。

そんな話にも、その話の中で語られた柳生崇高にも、勿論、崑崙にも、俺は情けなんぞ掛けられなかった。

崑崙に対しては、言わずもがな。

柳生崇高に対しては、てめぇの長兄を見習え、としか思えなかったから。

闇討ちだろうが暗殺だろうが、討たれて果てれば、武人なんざそれまでだ。

この世に恨みを残して何になる。

……と、俺は思うんだが……、崑崙はそうじゃなかったらしく。

何を考えたんだか、それとも、力が欲しいと洩らしたあの野郎の言葉にてめぇを重ねたんだか、崑崙は、己の持てるモノ全て、あの野郎に教え、与え。あの野郎は、自分を救った男に教えられるモノ、与えられるモノ、全て己のモノにし。挙げ句、崑崙が盗み出した『勾玉』──陰陽の勾玉って名前らしいそれの片方を奪って、姿を消した。

だもんだから、崑崙は、残った『勾玉』を守る為に、こんな穴ぼこに身を隠して…………────

「『勾玉』の『力』を使えば、この世は、今までにない危機を迎えるだろう。地は割れ、海は荒れ狂い、天は涙を流すだろう。それを引き出す『力』が、あの『勾玉』にはあるのだ」

話の終わりをそんな風に締めた崑崙の言い種も、態度も、本当に、他人事のようだった。

「何てことを……。お前が、こんなことをしなければ、この国だって、平和だったんだ。一体、どうやって責任を取るつもりなんだ!?」

俺ですら、ムッと来たその言い様に、劉の奴が噛み付いた。

「こいつだ……。この、『陽之勾玉』を使い、『陰之勾玉』を封じれば────そうすれば、奴が龍脈を制することは出来なくなるだろう」

けれど崑崙は、憤る劉や俺達を見もしないで、真っ直ぐ、ひーちゃんに向き直った。

「お前だけが、それを成し遂げることが出来る。緋勇龍斗。お前だけが────

奴は、射るようにひーちゃんを見詰め、そして。

「柳生崇高が、宿星を持っていたのと同じように、俺には、お前の頭上にも『星』が視える。俺が奴と出遭ったのが運命ならば、お前がここに来たのも運命なのだ。…………緋勇龍斗。お前は、この『勾玉』を受け取るか?」

白く光る『勾玉』を、ひーちゃんへと差し出した。

「……ああ。受け取る」

──躊躇うか、と思いきや。ひーちゃんは、やけにすんなり『勾玉』を受け取った。

受け取る際、自分でも知らぬ間にだったんだろうと思うが、薄ら、何かを諦めたような気配を滲ませたが、そんな気配も、あっと言う間にひーちゃんからは消え、

「このような形で、肩の荷が下りるとは、想像だにしなかった……。これでやっと、俺は、俺の罪を償うことが出来る………………。────俺の体は、もう朽ち果てている。これからはここで、世の行く末を見守ることにしよう。お前達の進む道を。お前達の世を……──

手から手へと、『勾玉』が移った途端。

崑崙の奴は酷く安らいだ様子になって、薄い笑みまで浮かべ、何だ……? と目を瞠った俺達の目の前で、塵になって消えた。

後悔だけの『余生』だったって訳か……、と。逝っちまったあいつ──否、あいつだった塵が風に乗って流れてくのを、何とはなしに見送り、又、何かに引かれたみたいに、くらっと傾いだ体を踏ん張りつつ、一つ瞬きをしたら。

そこはもう、地の底にあった『穴ぼこ』じゃなく。

辺り一面を覆う雪と、降り頻る雪の二つに満たされた、富士、だった。