──龍斗──

……これでは、京梧が見たと言う、『何かを諦めたような顔』に心当たりがある、と。

私は京梧にも隠し事をしている、と。

自ら白状しているに等しい、と思いはしたが、彼の問い掛けに、言葉を濁し俯く以外、私には出来なかった。

────その刹那とて、考えた。

考え『は』した。

これを機会として、秘密を京梧には打ち明けてしまおうか、と。

私は、『皆』──ヒト以外の全てのモノを視て、ヒト以外の全てのモノの声を聴き、そのようなモノと心も通じ合わせる、ヒトなのか、そうなのかも判らないモノなのだ、と告げてしまおうかと。

私の中には、龍脈や黄龍に繋がるモノが流れていて、円空様や崑崙の言葉通り、『黄龍の氣』などと言う、ヒトならざる『星』までも持ち合わせていて、龍泉寺から辿って来たあの地の底の路──永きに亘り龍脈に晒され続けた所為で、この世の理からも外れているあの路や、崑崙に渡された『陽之勾玉』より、私の中のナニカと同じモノを感じたから、私はあの刹那、『何かを諦めたような顔』をしたのだと思う、とも。

更に言うなら、秘密の打ち明けがどうしても出来ず、ひたすらに悩むしかなかった今までよりも、その時の私は勇気が持てていた。

柳生十兵衛に『神氣』を教えられていたから。

あの者と出会って『神氣』を知って、私がナニモノで在ろうとも、私は私、と思うことが出来るようになっていたから。

けれど…………、怖い、と思うことは止められなかった。

隠し続けた私の『正体』を知ったら、京梧はどうするだろう……、と思うだに、体が震えた。

……かも知れない、でしかないとしても。

本当はそうでないかも知れなくとも。

私は、ヒトでないナニカなのかも知れない……、などと、出来れば知られたくなかったから…………。

「……ひーちゃん。震えてるぜ? 寒いんじゃねぇのか?」

────どうしよう、どうしよう、変に思われているに決まっている。きっと、隠し事があるのも悟られている。何も彼も打ち明けてしまった方が本当は良い筈なのに……、と思いながらも、俯く以外出来ずにいたら、京梧は、問いも重ねず、私を追い詰めもせず、がらりと話を変えるように言って、震える私の肩を抱いてくれた。

「いや、そんなことは……。……もう、大分暖かくなった」

「本当にか?」

「嘘ではない。信濃で育った私が、寒さに弱い訳がなかろうに」

「お前の在が信濃だってのは、前に一遍聞いたから、ちゃんと憶えてるけどよ。未だ、足先は冷てぇじゃねぇか。……ほら」

「え? きょ、京梧っ?」

……私が俯き、言い淀んだのは。はっきりと身が震えたのは。全て、寒さの所為なのだ、と言わんばかりに京梧は話を流して……、ひょい、と私の腰を掴み上げると、有無を言わさず己の膝上に私を抱き、今度は、濡れた足袋やら草鞋やらが乾くまではと、素足のままで耐えていた私の両の足先に、自らの足を絡めてきた。

そんな風にされてしまって、驚いた私の声は裏返ったけれど、京梧は決して、私を離してはくれず、

「こうしてた方が、二人揃ってぼんやりしてるより、あったけぇだろ?」

「けれど、それではお前が──

──気にすんなって。俺よりも、お前の方が冷てぇんだから」

私の腰を抱いていた腕を、彼は深めてしまった。

「………………ひーちゃん?」

「……ん?」

「随分と……、本当に随分と、遠い所まで来ちまったな」

京梧は私を抱き上げたまま、私は京梧に抱かれたまま、長らく、焚き火に焼べた湿気った枝が爆ぜる音だけを聞きつつ黙りこくっていたが、やがて。

しみじみとした声で、京梧が洩らした。

「…………そうだな。私達は、随分と遠い所まで来た」

「桜が盛りだった頃、甲州街道のあの茶屋でお前と出逢った時は、まさか、富士に登らされる羽目になるとは、思わなかったよ、俺は」

「それは、私とて同じだ。あの時は、まさか、富士の頂を目指すことになるなど、思いもしなかった」

「だよな。……碌でもない野郎の所為で、こんな所まで来る羽目になっちまったが……、ま、それでも俺は、悪かねぇと思ってるよ。お前と一緒なんだ、悪くない。俺は、運命さだめなんてモンは信じちゃいねぇが、これも運命なのかもな、と思えるしな」

「そうなのか?」

「ああ。………………こんな話、お前は、俺の柄じゃねぇって笑うかも知れないが。あの茶屋でお前と出逢った時、俺は、運命に巡り逢った、そう思ったんだ。唯、てめぇの剣の腕を試してみたくて、俺よりも強い相手が欲しくて、それだけのつもりで江戸に向かおうって心積もりだっが……、あそこでお前と出逢って、背中合わせて戦って、そうしたら、俺は巡り逢いを果たす為に江戸に導かれたのかも知れねぇ、ってな、そんな兆しを覚えた」

彼の、しみじみとした声で始まった話は、そんな打ち明け話に繋がり、

「……私もだ」

『一度目』の春のあの日、京梧と出逢った茶屋でのことを思い出しながら、私も、打ち明けを返していた。

「あの時、私も、似たようなことを考えた。江戸に来たことは、そして、お前と出逢ったことは、私の運命かも知れない、と。私はお前に出逢う為に、あの茶屋にいたのかも知れない、お前が、真に私の運命だったら良いのに、と。私も思った…………」

京梧の言葉に釣られたように、勢い、お前を運命と思った、などと口走ってしまったけれど、流石に恥ずかしく。背を京梧に預けているのを良いことに、私は羞恥を誤摩化す為、焚き火だけを見詰めて。

「……そうか」

「…………ああ」

「俺がそうだったように、お前もそう思ってくれてたなら、これ以上に喜ばしいことはねぇな。────ひーちゃん。あの頃の俺は。唯、誰よりも強くなること、天下無双の剣を手にすること、それだけが全てだった。それだけの為に強くなりたかった。……でもな、近頃、思うんだ。真の強さってのは、多分、そういうんじゃねぇんだろうな、ってな。そりゃ勿論、今だって、天下無双の剣は欲しいと思ってる。剣の道の頂に辿り着きたいと思ってる。でも、それだけじゃ、真には強くなれねぇんだろうと、思うようになった。…………そんなことに気付けるようになったのも、あの時、お前に巡り逢えたからなんだろうと、今では思う。──ひーちゃん。……龍斗。もしかしたら俺は、お前に『生涯』ってのを教えられたのかも知れない。……有り難うな。俺のことを運命と思い定めてくれて、俺の傍にいてくれて、『二度目』の時も、俺を忘れずにいてくれて。そうして、俺を好いて、想ってくれて。お前がいてくれたから、俺は…………」

…………だのに、京梧は。

ひたすら有らぬ方に眼差しを注ぎ続ける私の耳許で、訥々と語り続けた。

「何を言い出すかと思えば……。……私は、何もしていない。私は唯、私がそうしたかったから、お前の傍に添っていただけだ。散々お前に世話を焼かせて、迷子になる度探し当てて貰った。迷惑だったろうに……。……それに。私の方こそが、お前に『生涯』と言うものを教えられたのだと思う。お前は、江戸に来るまで私が一つも知らなかったことを、数多教えてくれた。運命とまで感じたお前に出逢えたから、私は、人を想うことも知った。強さのことにしてもそうだ。お前自身も、お前の持つ強さも、何時も真っ直ぐだ。強くなる、と言うことに対しても。私には、そこまでのモノはない。私は、細やかなモノが護れればそれで満足で。細やかなモノを護る為だけに、戦ってきたようなもので。きっと、お前が共にいてくれたから、私は今、ここにいるのだと思う」

それは、何を改まって、と言いたくなるような言葉の数々だったけれど、私を抱く腕に少しばかり力を込め直しながら語り続ける京梧に、私は何処までも引き摺られるように、言葉を返し続けて。