──龍斗──

恐らく京梧は何となしに、私は何となしの京梧に釣られて、互い、そこまでの打ち明けをし、私達は、又、口を噤んだ。

私も京梧も、抱えていた想いを、それなりには打ち明け切ったから。

けれど、沈黙に甘んじている内に、段々、私の機嫌は損なっていった。

……京梧に、そのような言葉の数々を貰えたのは嬉しかった。

彼の想いに、私が携え続けた想いを言葉にして返せたのも嬉しかった。

しかし、何時終わるとも知れずとも、私達には未だ『先』がある筈なのに、何故、今、こんな話をしなければならないのだ、と私はふと思ってしまって、思ってしまったが最後、気に喰わなくなってきて。

ぎゅっと、京梧の腿を思い切り抓り上げた。

「痛っ……! ひーちゃん、何しやがるっ」

「お前が、あのようなことを言い出すからだ。お前が悪い。……あんな風に想ってくれていたのは嬉しい。それを言葉にして貰えたのも嬉しい。けれど、何も今、こんな話をしなくても良かろう? まるで、今生の別れを目前にした者達のような…………」

真に手加減なく抓り上げたから、京梧は目一杯顔を顰めて文句を言ってきたが、悪いのはお前だと、私は突っ撥ねた。

「そうか? んな、大仰な話じゃなかったと思うんだがな。何となしに始めた話だが、あんな話をするにゃいい機会だと思ったんだよ。それに。他の連中だって、どいつもこいつも、俺と似たようなこと考えてるだろうし、機会さえあれば、そういう気持ちをお前に打ち明けたいと思ってるとも思うぞ、俺は。こんな風にお前と語り合いたい、とか。お前がいたから今の自分がある、とかってな。…………ま、だとしても。例えば、お前がいたから、お前と巡り逢ったから、今の俺がある、そういうことを、一番に感じてるのは俺の筈だけどな」

「だから、そういう話は──

──言ったろう? 大仰な話じゃねぇって。俺だって、そういうつもりで話してる訳じゃない。唯、何となくこんな話がしたくなっただけだ。そして、お前に俺の気持ちを知っておいて欲しいと思ったからだ。…………本当に、この世に運命さだめってモンがあって。あの時感じた通り、お前が俺の運命なら。江戸へやって来たお前と一等最初に出逢ったのも、一等最初に背中合わせて戦ったのも俺だった、ってのも運命で。こんな遠い所まで来たのも、今の俺があるのも、緋勇龍斗って『運命』を手に入れたからだと、お前に、知っておいて欲しかっただけなんだ」

「京梧…………」

ぷい、と拗ねるようにそっぽを向いてみても、京梧は笑いながら話を続けて、けれど、私と言う『運命』を手に入れたから、と告げた刹那だけ、甚く真剣な声を絞った。

だから……、どうしても、私の中から、今生の別れを目前にした者達が交わすに相応しいようなことを告げられている、との考えは消えず、彼を呼ぶ声は詰まり、

「…………ま、あれだ。四の五のと言っちまったが、一言で言えば、誰が何をどう思ってようと、お前を手に入れたのは俺で、お前は俺の物だ、って話だ」

私が、掠れ声を絞ったからだろうか。

一転、京梧は、膝上で抱き締め続ける私にじゃれ付きながら、茶化すように言った。

「……………………お前が手に入れたのが私で、私がお前の物なら、私が手に入れたのはお前で、お前は私の物だ。────もしも、真に、この世に運命と言うモノがあるなら。お前が私の運命なら。お前がそうであるように、私が、今、ここにいるのも、今の私があるのも、お前──蓬莱寺京梧と言う『運命』を手に入れたからだ。……お前は、私の運命で。そして、私の『全て』だ」

──────……何故だろうか。

理由わけは判らないけれど。

この刹那から幾年いくとせも経った今尚、判らぬけれど。

忍び笑いつつ、茶化すように京梧が言っていることは、今生の別れではなく、『何時か』やってくる『別離』を、こっそり思い浮かべつつの言葉達なのかも知れない、と。

何時の日か、二人、遠く離れ離れになることがあったとしても、私は京梧にとっての『運命』であり、私は京梧の物で、『だから』……──、と。

彼は、暗にそう言いたいのかも知れないと、どういう訳か、その時、私には悟れた。

故に、私は『等しい言葉』を返した。

私が手に入れたのは、お前だ、と。

お前は、私のものだ、と。

お前は私の運命で、『全て』で、『だから』、何時の日かやって来るかも知れない別離など、思い浮かべないで欲しい、との想いを込めて。

「『全て』、か…………」

……すれば京梧は、何故かぽつりと呟いて、深く息を吐いてから、徐に私の両肩を掴み、振り返らせ。言葉なきまま、唇を合わせてきた。

「京梧?」

それを甘んじて受けながらも、私は微かに首を傾げた。

けれど、彼からいらえは返らず、唯、私の着物を乱すべく、胸許に彼の手は忍んで。

「あ…………」

蠢く指先に身を委ねるしかなくなった私から洩れたのは、言葉にならない声だけだった。

『それ』より、気怠さに負けて私は眠ってしまったが、京梧に肌を許した所為で訪れた眠りは浅かったらしく、それ程時を置かずして目を覚ました時、私はやはり彼の膝上にいて、私の着物も京梧の着物も、未だ、乱れたままだった。

すっかり湿気は飛んだのだろう、酷い煙を吐き出すこと止めた枯れ枝は赤々と燃えていて、京梧は私の身を抱えながら、じっと、揺らめく炎を見詰めていた。

私の目覚めには気付いたようだったが、その時も、彼は何も言わず。

唯、痛い程の力を、私の肩に乗せた指先に持たせた。

……………………その夜が。

『この時代』、私達が肌を合わせた最後の夜だった。