──京梧──
俺は何となしのまま、ひーちゃんはそんな俺に釣られたまま、柄にもねぇ『白状』をし合って、けれど互い、それなりには言い合ったからだろう。
俺達は、又、揃って黙りを決め込んだ。
誤摩化しと、それを流す為に始めちまった話だが、悪くはねぇ処に落ち着いた、と俺は思えてたから、沈黙に甘んじるのもいいと感じられて、でも。
急に、ひーちゃんは、ちょいとムッとしたように眉を顰めて、ん? と俺が問うよりも早く、俺の腿を抓り上げてきた。
「痛っ……! ひーちゃん、何しやがるっ」
「お前が、あのようなことを言い出すからだ。お前が悪い。……あんな風に想ってくれていたのは嬉しい。それを言葉にして貰えたのも嬉しい。けれど、何も今、こんな話をしなくても良かろう? まるで、今生の別れを目前にした者達のような…………」
ギリ……っと、手加減も何もなしにヤられて、先ず俺は情けない声を上げ掛け、次いで文句を言ってみたが、ひーちゃんは、俺が悪いの一点張りだった。
今生の別れを目前にした二人、みたいなことを言い出した、俺が悪い、と。
「そうか? んな、大仰な話じゃなかったと思うんだがな。何となしに始めた話だが、あんな話をするにゃいい機会だと思ったんだよ。それに。他の連中だって、どいつもこいつも、俺と似たようなこと考えてるだろうし、機会さえあれば、そういう気持ちをお前に打ち明けたいと思ってるとも思うぞ、俺は。こんな風にお前と語り合いたい、とか。お前がいたから今の自分がある、とかってな。…………ま、だとしても。例えば、お前がいたから、お前と巡り逢ったから、今の俺がある、そういうことを、一番に感じてるのは俺の筈だけどな」
「だから、そういう話は──」
「──言ったろう? 大仰な話じゃねぇって。俺だって、そういうつもりで話してる訳じゃない。唯、何となくこんな話がしたくなっただけだ。そして、お前に俺の気持ちを知っておいて欲しいと思ったからだ。…………本当に、この世に運命ってモンがあって。あの時感じた通り、お前が俺の運命なら。江戸へやって来たお前と一等最初に出逢ったのも、一等最初に背中合わせて戦ったのも俺だった、ってのも運命で。こんな遠い所まで来たのも、今の俺があるのも、緋勇龍斗って『運命』を手に入れたからだと、お前に、知っておいて欲しかっただけなんだ」
────ああ。確かに、ひーちゃんに言った通り。
俺は、今生の別れを目前にした者達、みたいなつもりで、あんな話を始めた訳じゃない。
……始めは誤摩化しで。その次は、誤摩化しを流す為に。
そうしていたら、『悪くない処』に話が辿り着いたから、そのまま勢いに任せて。
………唯、それだけのつもりだった。
でも。
ひーちゃんに詰られて、「もしかしたら俺は、今生の別れじゃなく、『何時の日』かやって来る『別離』を心の何処かで見据えてるから、あんな吐露をしちまったんじゃねぇか」と、ふと思った。
そして、もしも、俺にも手に取れねぇ俺の中の何処かに、今の今まで俺自身気付かなかったそんな考えが眠ってると言うなら、『今』を逃す手はねぇんだろう、とも思って、俺は、誤摩化しに誤摩化しを重ねるだけだと判っていながら、軽い調子で話を続けた。
何時の日かやって来るかも知れない『別離』の前に、ひーちゃん──龍斗には知っておいて欲しいと思った、俺の気持ちの話を。
そんなことを考えながら喋っちまったから、お前と言う『運命』を手に入れた、と告げた刹那だけは、声に笑いを滲ませることは出来なかったけれど。
「京梧…………」
──喋り続けた最後の瞬のみ、真面目腐った声になっちまったからだろう。
俺を呼ぶ龍斗の声が、掠れた。
「…………ま、あれだ。四の五のと言っちまったが、一言で言えば、誰が何をどう思ってようと、お前を手に入れたのは俺で、お前は俺の物だ、って話だ」
だから俺は、膝の上のあいつを抱き締めながら、更に誤摩化しを重ねた。
「……………………お前が手に入れたのが私で、私がお前の物なら、私が手に入れたのはお前で、お前は私の物だ。────もしも、真に、この世に運命と言うモノがあるなら。お前が私の運命なら。お前がそうであるように、私が、今、ここにいるのも、今の私があるのも、お前──蓬莱寺京梧と言う『運命』を手に入れたからだ。……お前は、私の運命で。そして、私の『全て』だ」
………………ああ、けれど。
どうしてか、龍斗は、俺の『下心』を悟ったらしかった。
今生の別れの為でなく、何時の日にかの『別離』の為に、俺はこんな話を続けてるんだ、と。
そう悟ったとしか思えない、『等しい言葉』をあいつは返してきた。
何時の日かやって来るかも知れない別離など、思い浮かべるな、と言わんばかりに。
「『全て』、か…………」
………………だってのに。
別離など……、と言いたげなあいつの言葉から、俺が思い浮かべたのは。
お前は私の『全て』だと、そう言ってくれるあいつの言葉から、俺が思い浮かべたのは。
俺にとって、龍斗、お前は、剣以外の『全て』。
…………そんな想いだった。
だから……、だから俺は、深い息を一つだけ吐いて、有無言わせぬ風に龍斗の両肩を引っ掴んで振り返らせ、何も言わず、あいつと唇を重ねた。
誰よりも惚れていて、俺の物で、運命で、『今の俺』を俺に与えてくれた、それが、龍斗なのに。
どうして、剣以外の『全て』としか、俺は。────……そう思いながら。
「京梧?」
俺の行いを甘んじて受けながらも、微かに首傾げて俺を呼ぶ龍斗を無視して、俺は、緩く開いた襟元から肌を覗かせるあいつの胸許に、手を忍ばせた。
「あ…………」
白くて、滑るような肌の上で指先を蠢かせたら、もう、龍斗からは、言葉にならない声だけしか洩れなくなった。
膝の上に抱き抱えたまま行いを終えたら、気怠さに抗えなかったのか、龍斗は眠っちまって、だから俺は、あいつの身を腕にしたまま、赤々と燃える焚き火の炎だけを見ていた。
だが、互いの着物の乱れを直す間もなく、龍斗が目覚めた。
腕の中で僅か身動
誰よりも、惚れているのに。運命、とすら思えるのに。俺の目の前には、揺らめく炎の向こう側には、剣の道の果ての頂しかない、そう思いながらの俺に出来たのは、肩を掴む指先に、力を籠めることだけだった。
……………………その夜が。
『その時代』、俺達が肌を合わせた最後の夜だった。