──龍斗──
私は京梧の膝を枕に、京梧は岩壁に凭れながら、焚き火の炎を眺めている内、私達は共に深く寝入ってしまったようで、目覚めた時、火は既に小さくなっていた。
もう雪は止んでいて、相変わらず外は暗かったけれど、一応、夜は明けた様子だった。
濡れた物も綺麗に乾いていたから、きちんと身支度を整え、皆を探しに行こうと言い合いながら一晩を過ごした洞穴を出た途端、私と京梧を呼ぶ皆の声が聞こえた。
だから私達は、呆気無く仲間達との再会を果たし、改めて、富士の山頂を目指し始めた。
歩き出して、半刻程もした頃だったろうか。
止んでいた雪が再び降り始めた時、柳生崇高へ続く道の最後の砦、黒繩翁が姿見せた。
本当に、一言、悪霊としか私には言い表せないあの者は、この世を統べる『力』を持った王の誕生を、地上で唯待っていれば苦しまずに死ねたのに、と私達を嘲笑いながら戦いを仕掛けてきた。
どういう技なのか、黒繩翁は、己の影以外にも、私達に討ち果たされた筈の宮本武蔵や柳生十兵衛の魂を宿したあの者達をも呼び出してみせたけれど、その時呼び出されたかつての剣豪達は、宮本武蔵が宮本武蔵で在る為の、柳生十兵衛が柳生十兵衛で在る為の、あの凛とした『魂』を封じられた単なる操り人形の如くで、斃すのに難儀はなかった。
黒繩翁の影も、黒繩翁当人も、唯一人、柳生崇高のみを目指す私達の前に斃れ。
暗黒に満たされた世が、お前達を待っている、と言い残しながら消えて行くあの者に背を向け、私達は富士の頂へと急いだ。
深々と降っていた筈の雪は何時しか、夕べのように酷くなり……、でも。
酷い雪で目の前が白く霞み始めた頃、やっと、私達は山頂に辿り着けた。
────辿り着いたそこには。
彼の者、柳生崇高が、一人立っていた。
疾うにヒトであることを止めてしまったあの男は、ヒトである私達を見下し、蔑みながら、森羅万象をも司る龍脈の力を携えこの世に君臨するに相応しいのは己だと、至極当然のように告げつつ、私達の誰が何を説いても、どんな想いを語っても、言葉も、想いも、私達と言うヒトそのものすら、塵芥以下のものとして蹴散らしてみせると言い放った。
……そんな彼の言葉を、彼が振るう刀を、刀より溢れる『力』や技を、私達は、唯、受けて立った。
私達に出来ること、私達に成すべきことは、あの男を斃すことだけだった。
────戦いを告げる柳生崇高の高い声と共に、辺りの風景は雪の所為でなく歪み、そして霞み、気が付いたら私達は、富士の頂でない『何処か』に引き摺り込まれていた。
広いそこは、見渡す限り岩だらけで、暗雲が立ち籠める空には、凄まじい数の稲光が瞬いていた。
その下で、柳生崇高は、八体の禍々しい雷神を従え佇むようにしており。眼差しだけを交わし、一度、頷き合った私達は、それぞれに地を蹴った。
禍々しくとも、あの男が従えた雷神は到底、人の力など及びそうもないモノで。
人として生きていたのは、そして人であることを捨てたのは、二百有余年もの昔らしい、己を己で不死身と例えるあの男は、確かに不死身なのかも知れない、と思わざるを得ないような強靭さを誇った。
──そのようなあの男や、あの男が従えた禍々しき雷神と比べれば、私達は確かに、生き物としての力強さは劣っていたのかも知れない。
あの男が振るう技を、私達の振るう技が越えられていたのか否か、それは判らない。
けれど。
どうして柳生崇高と戦うのか。何の為に自分がこうしているのか。その問いの答えでもある私達各々の想いは、あの男の想いに勝っていた。
私達の想いの強さや大きさが、あの男のそれに負ける筈が無かった。
だから、私達はあの男を倒し遂せた。
それを叶えることが出来た。
柳生崇高が地に膝付き斃れ、彼が従えていた雷神達が掻き消え、引き摺り込まれた岩だらけのそこから、風景は富士山頂のそれへと戻った時。
柳生崇高を討ち果たせたのだ、と私達は思った。
しかし、念願を叶えた喜びに浸るには早過ぎた。
不死者だと自ら告げた通り、斃れた筈の彼は立ち上がって、彼の中に巣食っているらしい蟲──その正体が何なのかは判らないが──が、傷付いた彼の体を、私達の目の前で瞬く間に癒した。
……故に、戦いは振り出しに戻り…………、私達の誰もが、本当に、この男を斃すことは出来るのだろうかと、刹那の間だけ怯んだその時、己の持つ『陰之勾玉』と、私の持つ『陽之勾玉』が呼び合っていることに気付いた彼は、身を霞ませる程の速さで私に近付き、私の着物の懐を裂いて、隠していた『陽之勾玉』を奪った。
何が遭ろうと渡してはならなかった勾玉は彼の手に渡り、「わざわざ、これを運んで来てくれるとは」と、彼は高笑いしながら、黒白二つの勾玉を組み合わせた。
大極の模様を描き出したそれは、自ら光を発し出し、山頂には、天変地異の前触れ、としか思えなかった異変が起こった。
天も地も、割れる程に震え、そして鳴り出し、稲光が地上から天へ向かって遡って、富士の火口からは、『熱』が迸り始めた。
そんな、辺りに渦巻く『全て』は、柳生崇高の──否、彼の手の中の『陰陽之勾玉』へと集まり、誰もが身を支えるのが精一杯だった程に吹き荒れた突風が収まった時、私達は再び、この世の何処かも判らない──もしやもすると、この世ですらなかったのかも知れない何処
呆然と前を見上げた私達の目の前にいたのは、大きな濁った赤い目を光らせる、巨大な黒い龍だった。
──────黄龍。
天の四方を護り司る、四神の長であり、大地を流れるその『力』を得た者は、森羅万象を司るとの言い伝えさえある龍脈の化身でもあり、神の如き伝説の聖獣。
……柳生崇高が求めたモノは、『それ』であった筈なのに。
『陰陽之勾玉』に導かれ、彼の身を憑代
黄龍などでは有り得なかった。