──京梧──

そういうモノに、こういう言葉を当て嵌めるのは間違ってるのかも知れないが、その龍の赤い目は、厭らしい目だった。

目を合わせてるだけでうんざりしてくる感じで、けれど、俺達を睨み付けてくる赤い目を、高が睨み合いで負けて堪るかと、俺は睨み返した。

そんな目の奥に鈍く灯る光も、揺れ続ける両の前脚から漂う『力』も、悪い歯並びだと言い捨ててやりたくなった牙だらけの口から迸る咆哮も、こっちの肝を冷やすに充分だったが、退ける筈なんか無くって。

内心は兎も角、仲間内の誰も、この程度、ってなツラ拵えて踏ん張り、龍へと一歩踏み込んだ。

────そこから先の俺達の戦いは、がむしゃらに、としか例えられないかも知れない。

闇雲ってのとは違うんだが、兎に角、何でもいいから手前に出来ることをするしかなかった。

……如何せん、相手が相手だ。

例えば天戒や梅月達のような、普段は余計な処にまで知恵が回り過ぎて胃の臓を痛めがちな連中も、あの龍相手にゃどうしたらいいかさっぱりだったみたいで、ひーちゃんですら、取り敢えず思い付いたことを仕掛けてみる、ってのを繰り返してた。

俺だって、勝てると決まった訳じゃねぇが負けると決まった訳でもないと思いつつ刀を振っちゃいたが、正直言っちまえば、俺達の技や『力』が、本当にあの龍の息の根を止めるだけのモノを持ってるのか否か、今一つ自信が持てなかった。

何と引き換えにしてでもこいつを斃す、それだけを念じて、ひたすらに戦って、その日までを過ごした幾月の間、皆揃って願い続けた刹那が目の前にやって来るのだけを信じて、切れの鈍くなって来た体を動かしてたように思う。

………………そうして。

確か、誰かが、何時になれば終わるのかって、そんなようなことを呟いた時だったと思う。

俺達がおっ死ぬまで、延々と『これ』は繰り返されるんじゃねぇか、なんて、誰かが言った時。

思わず両手で耳塞いじまった程に高かった、あの龍の咆哮が轟いた。

うるせぇ! と怒鳴り返してやりたかったくらい、それはでかい咆哮で、まさか、これからが本番だとか、本気を出す気になったとか、ぞっとしねぇこと言うんじゃねぇぞ、と思っていたら、凄まじいでかさだった咆哮は、尾を引くように掠れ始め。

同時に、又もや、景色が変わった。

それまで以上に訳の判らねぇ所に引き摺り込まれたんじゃねぇかと疑って、慌てて辺りに気を配ってみたら、そこは、元の山頂だった。

戦い続けたあの龍の姿はもう何処にもなく、勝てたのか……? と。

思いの追い付いていない呟きが、俺の口からは洩れた。

だってのに。

ああ、俺達は、あの人知すら越えちまってるようなモノに勝てたんだ、との思いが湧いてきても、この世を覆った気配は微塵も変わらなかった。

……どうしてなのか、誰にも判らなかった。

一度は柳生の野郎に膝付かせて、あいつが呼び出したんだろうあの龍も斃し遂せたんだから、理屈から言えば、あの野郎が掛けた術っつーか、呪いみたいなモンは解けなきゃおかしいのに、何で陰気が晴れないのか判らなかった。

尤も、直ぐにその理由わけは知れたが。

どうしてなんだ、この上どうすれは、あの野郎の呪いは解けるんだ、と訝しがる俺達の目の前──相変わらず吹き荒れてた雪の向こうから、血だらけの、深く傷付いた身を引き摺りつつ、あの野郎が幽鬼のように立ち上がったから。

「おのれ…………っ」

人の姿の時に一度、あの龍に化けてから一度の、都合二度も俺達に斃されたってのに、深く抉られた額を押さえる掌越し、血が流れ込む目をしっかりと見開いて、奴は凶悪な眼差しを俺達に送って寄越した。

獣の唸りに似た低い声で、呪詛めいた科白をも投げ付け、人如きに何をされようが、己が斃される筈など無いと、何時もの御託を繰り返しながら、『あの時』、俺とひーちゃんを貫いた因縁の大刀をあいつは振り被った。

有ろう事か、ひーちゃん目掛けて。

本当は、目にも留まらぬと言えるくらいの一撃だったんだろうが、あの野郎の刀は、どういう訳か、酷くゆっくりと叩き付けられてるように見えた。

己へと向かって来るあの刀へ、ひーちゃんが、拳を握り固めつつ構えを取って、奥義──秘拳・黄龍を放つのも。

酷く、ゆっくり。

鈍く煌めく大刀と、秘拳・黄龍の氣塊がぶつかった時、目が眩むを通り越し、そこら中を白く塗り替える光が溢れた。

その所為で、刀と拳がぶつかってのち、何が起こっているのか俺の目には映らなかった。

光は、くるくると渦を巻きながら乱れ狂って……、だが。

それは、僅かの時で終わった。

本当に、掛け値なしに柳生崇高は化け物なのかと唖然としてた隙を突かれた。又、ひーちゃんがあの野郎に、と焦りながら、俺がひーちゃんの名を叫んだ時には、渦を巻いてた筈の光は姿を変え、富士の口から天へと伸びる、太い光の柱になってた。

随分と長い間、光は天を目指し続けて……、やがて、静かに霞み始め。

その、何も彼もが消えた時には、あれ程酷かった雪は止んでて、空には晴れ間が窺え、お天道様が、眩しく俺達を照らしてきた。