柳生崇高と対峙する為、地の底の路を行ったあの時は、私の中に流れるナニカと同じモノがここに在る、と私は一人嘆いたが。
その時、私は、かつて心底嘆いたことに、心底感謝していた。
私は、ヒトと言うよりは黄龍や龍脈に近いナニカなのだろう、とか、ヒトに非ざるナニカなのだろう、とか、そのようなこと、その時の私にはどうでも良かった。
寧ろ、「だからこそ……」と、喜びさえ覚えていた。
────富士へ向かった時、永きに亘り龍脈を流し続けた故にこの世の理から外れた地の底の路は、龍泉寺から富士までの道程を、僅か二日足らずで辿り着かせてくれた。
言い伝え通り、路は、僅かの刻で『長い刻』を駆けられる路だった。
そのような不可思議な路の中に留まり続ければ、私は生きたまま再び京梧に逢える、約束した通り、『ここ』で京梧を待ち続けられる、そう思った。
ひたすら京梧のみを想って、京梧のいる世を求めて路を歩き続ければ、待つまでもなく、京梧に逢えるかも知れない、とも考えたけれど、そこまでの希いが叶うかどうかは判らなかったし、永劫、路の中を彷徨い続けてしまうとも限らなかったし、そうした果て、崑崙のようにヒトから掛け離れるのは嫌だったし、何より、京梧と交わした約束は、「何時までも待ち続ける」と言うそれだったから。
私は、地の底の路で『眠る』ことを選んだ。
────私の中に流れるナニカに近しい龍脈の中で、生まれる前の赤子の如く眠れば、私はきっと、死ぬることなく京梧を待ち続けられる。
何時も、迷わぬようにと私の左手首を掴み引いてくれていた京梧を探し倦ねて、彼を困らせるだけの迷い子になることもない。
生まれる前の赤子のように眠り続ければ、幾らかは歳を取るだろうが、それでも、確かに生きたまま、京梧に。
遠い先の世に行ってしまったと言う、京梧に逢える。
京梧が行かされた先が、遠い先の世なのは『幸い』だった。
遠い昔の世なら、眠りながら待ち続けるだけではいけないだろうけれど、遠い先の世なら。
刻は、黙っていても流れるのが理だから。
何時か必ず、私を切り離した『世の刻』は、京梧が行かされてしまった世に追い付く。
……そうすれば。
眠りながら彼を待ち続けても。彼が、約束を忘れぬ限りは。
………………それが、私の考えで、約束を果たす為に行おうと誓った、私の決心だった。
江戸で巡り逢った者達全て。私には掛け替えのない者達だ。
それに偽りはない。
私を見てくれる、私を想ってくれる、私に声を届けてくれる、家族よりも『家族』だと私は思っている。
……けれど、私は彼等に、何も言わなかった。誰にも、何も。
彼等を打ち捨てるように発つことへの詫びも、共に過ごした日々への礼も。
二度と逢えぬと、判ってはいたけれど。何も彼も、私は置き去りにする決心をした。
私は、私の『全て』を選んだ。
申し訳ない、と思ったけれど。不義理が過ぎる、とも思ったけれど。
悔いも、何も彼も捨てようと。地の底に下り立ったら、全て捨てようと。
愛おしんだ江戸の町も。
駆け抜けるように過ごした私達の時代も。
『家族』に等しい皆も。
物心付く前から共に在ってくれた『皆』すら。
もう一度、私の『全て』を──私の『運命
何時の日か、捨て去った筈の悔いを想い、胸が詰まる時も来るだろうと知りつつも。
そこは、三百程も階層を下りなければ『底』には着かぬ、数多溢れる異形に行く手を阻まれる場所の筈なのに、何故か、その時、私の足を留めるモノは現れなかった。
まるで、龍脈や黄龍の力が、私に味方をしてくれているように感じられる程だった。
故に、私は難なく『底』に辿り着き、あの路を行った。
当てもなく路を辿れば、ナニカに、「此処……」と囁かれたような気がした。
…………此処、と囁かれたと感じた所は、地の底であるのに、ぽっかりと開けた所だった。
以前には通らなかった所らしく、天井は見上げる程に高かった。
気の所為かも知れぬし、空耳かも知れぬがと、私は聞こえたような気がした囁きに従って、開けたそこの最奥に寄り。
────次に私が『目覚める刻』、最初に私の瞳に映るものは、京梧でありますように。
……そんなことを祈りつつ。
────京梧。京梧、京梧。
……彼の名だけを、胸の中で呼びつつ。
私は、瞼を閉ざした。
京梧。
私の『全て』。
それ程までに想った、巡り逢ったあの日、私の運命
後の世で。
私などには、どのように変わったか思い描くことも叶わぬ後の世で。
私は、再び、お前に。