──1982年 1月──
──京梧──
〜中華人民共和国 福建省山間部 封龍の里にて〜
龍斗。
あの地の底で眠り続けるお前にゃ感じられないんだろうが、俺が不思議な所に流されちまってから、もう、二年近くが経っちまった。
俺自身、笑えて仕方ねぇんだが、今、俺は、蓬莱寺京梧じゃなくて、神夷京士浪って名乗ってる。
今の世で知り合った連中に、咄嗟に、そう言っちまったんだよ。
だから、それ以来。
……あれから色々考えたんだが──オツムの方はさっぱりだが、それなりには知恵絞ったんだぞ──、俺は、清国に渡った。
劉の奴の故郷に行けば、お前を叩き起こす術の手掛かりでも掴めるんじゃねぇか、なんて思ってな。
この二年近くの間にな、面白い連中に出会った。
あの頃の俺達みたいな、宿星ってのを持ってる奴等。
その内の一人──昔のお前みたいな役割の奴は、緋勇弦麻って奴で、どうも、お前の子孫らしいぞ。
生意気に、迦代って名前の女房貰ってて、迦代は、菩薩眼の娘なんだと。
……まるで、あの頃の繰り返しみたいだろ?
…………こんな風に言えばお前は気付くだろうが、あの頃の繰り返しみたいなことが、ってことは、『悪いこと』も繰り返しで。
富士の天辺で斃した筈の、柳生崇高が生きてやがった……。
けったくそ悪い話だろう?
腹立たしいったらありゃしねぇ。
まさか、本当に、ヒトだったモンが不死身になるなんて、そんなことは有り得ねぇと思いはするが……、ま、不死身に近いことだけは確かなんだろうな。
こっちに流れ着いて暫くしてから起こったことも、知り合った連中も、江戸だったあの頃の繰り返しのようだったが……、全てが、って訳にゃいかなかった。
柳生の野郎と戦って、弦麻の奴は逝っちまった。
劉の故郷──封龍の里って所の端の方に、陽の氣で満たされた岩屋があるんだが、あの野郎、てめぇの命と引き換えにして、そこに柳生を封印しちまいやがった。
俺達にも内緒で、だぞ?
ったく……、龍斗、お前の血族にゃ、馬鹿しか産まれねぇのか?
……ああ、でも、お前だったら、子孫の馬鹿を叱るかもな。
てめぇの馬鹿、棚に上げて。
お前の大馬鹿な子孫と迦代は、一粒種を残しててな。
龍麻って名だ。
確か、もう直ぐ産まれて一年になる筈だ。
お前の面影を弦麻は持ってたから、龍麻も、大きくなったらお前に似るかも知れない。
中身はどうなるか知らねぇが。
だが……、多分、宿命の上では、お前に能く似ちまうんだろう。
弦麻のような類い稀なる『力』の持ち主と、菩薩眼の娘の間に産まれた子は、『黄龍の器』っつー宿星を持たされるんだと。
…………だから。
──……ああ。
お前も察するだろう通り、もう、龍麻には両親はいない。
あいつが産まれて直ぐに迦代は逝っちまって、弦麻も逝ったからな。
……俺なんかが、龍麻を不憫と思ったら、烏滸がましいか?
────ま、そういう訳で。
そんなこんなの内に、二年近く経っちまった。
不憫な赤子だとは思うが、龍麻のことはこの時代の仲間連中に任せて、俺は、崑崙山を目指そうと思ってる。
あの陰陽之勾玉の出所で、仙人が住むって伝説の山に行けば、お前を叩き起こす術が見付かるかも、と思えるから。
一日も早く、お前に真実逢えるように、それだけを思って。