九月十日 金曜日。
カイロ国際空港発、成田国際空港行きの直行便に、京一と龍麻は乗り込んだ。
あの路地裏で、黒ずくめの男達の一人を盛大に締め上げてやったら、男は、「自分達は、『秘宝の夜明け』という組織の者達だ」と白状した。
古に失われた秘宝をこの世に解き放つ為に遣わされた、崇高な者達だ、と。
だが、京一や龍麻には判る陰の氣を纏う、懐にハンドガンやスペツナズ・ナイフを隠し持つ男が偉そうに言い垂れたことを、二人が信じる筈は無く。
テロリストもどきのくせに生意気な、と、何故、あの彼を襲ったのかを吐かせ、もう一度昏倒させてより。
又もや迷いつつ戻った安宿の一室で話し合い、二人は、祖国日本へ戻ることを決めた。
どうしても、あの葉佩という彼のことが気になる、と龍麻が折れなかったからだ。
……新宿で、東京で、龍脈や黄龍の力を巡る戦いを彼等が制してより、五年の歳月が流れている。
あの戦いを経て歳月が流れた今、龍脈は落ち着いているだろうけれど、それでも、東京に戻る、との龍麻の主張に、京一は渋い顔を作った。
数年前ならいざ知らず、今のお前の『状態』を考えろ、と。
起き掛けのままでいる黄龍を抱えて、東京に戻って平気なのか? と。
お前の体に異変が起こったら事だし、あの戦いを知るよからぬ連中が、徘徊してるかも知れない、とも。
しかし、どうしても、と龍麻が言い張った為、結局、何
無茶はしない、との約束を条件に、帰国を承諾した。
──この時点の彼等に、九龍も又、新宿を目指していることを知る由もなかったが、例の男より、九龍が、レリック・ドーンとは敵対関係にある、ロゼッタ協会、という組織に属している、『何ちゃらハンター』とかいう者だとの情報は得ていたから、九龍を襲ったレリック・ドーンや、ロゼッタ協会や、『何ちゃらハンター』のことを調べるべく、自分達のそもそものフィールドに戻ろう、と龍麻は考え、帰国を選択したのだ。
東京には、自分達の大切な仲間が沢山いる。
様々な分野に、様々詳しい、頼もしい仲間達が。
例え、水臭いと言われても、迷惑を掛ける訳にはいかないから、彼等は、黄龍の封印の綻びが齎す自分達の『今』を、決して、大切な仲間達に頼ろうとは思わないが、九龍の件に関しての細やかな協力なら、仲間達が何かのとばっちりを受けることもないだろう、と。
その為、翌日早速、成田行きの国際線に乗り込み、彼等は機上の人となった。
………………そうして、日本時間の、九月十一日 土曜日。
約十四時間のフライトに、狭苦しいエコノミークラスの座席にて耐えた二人は、五年振りに祖国の地を踏んだ。
「……京一」
「んー?」
「…………俺……お握りが食いたい。猛烈に被り付きたい、白米に!」
「はあ? お前、いきなり何言って……。…………う。ひーちゃんがそんなこと言うから、俺まで食いたくなって来たじゃねえか。……でも、五年振りに王華のラーメンってのも捨て難いな……」
「京一こそ何言ってるんだよ。中国にいる間中、えんっっえん、ラーメンばっかり食べまくったくせに! 俺と劉が、どれだけ辟易したことかっ。なのに未だラーメンとかほざくか、このド阿呆ー!」
「いーじゃねーか、ラーメンの何が悪いんだよ、あれは偉大な食いモンなんだぞっ! ……とは言ってもだ。成田にゃ王華はねえから? ひーちゃんのリクエスト通り、レストランに白米食い行くか?」
「うんっ! ご飯ー! 白米ー! ……ああ、お茶漬けでもいいな。親子丼もいいな……」
「……あー、俺、カツ丼にすっかなあ……」
「おおお! カツ丼もいいよねっっ。牛丼も捨て難いっっ」
「…………落ち着け、少し……」
鬱陶しい諸々の手続きを終え、最終ゲートを潜り、成田空港の広々とした到着ロビーに一歩足を踏み入れた途端、何かのスイッチがぱちりと入ったのか、龍麻は、白米! と喚き出し。
京一も、まあ、久し振りに日本の飯ってのも……、と同意したので、手荷物一時預かりに大きな荷物を預け、相変らず、ンンーーな方法でおおっぴらに持ち込んだ『中味』入りの竹刀袋を京一は肩に担ぎ、龍麻は手甲入りの小さなバックをベルトに下げ、ほてほて、第二ターミナル本館の、レストラン街へと向かった。
丁度、三時のお茶の頃合い、レストラン街は混雑していて、あっちも食べたい、こっちも食べたいと、目移りばかりさせながら、二人は何とか、和食レストランの一角に落ち着いた。
──と。
『運命』という名の『星の巡り合わせ』は、実
二人は、そこで。
同日。同時刻。
バンコクとマニラを経由して、漸く成田に辿り着いた小型ジェットより降り、ロゼッタ協会が用意した偽造パスポートと一寸した荷物片手に日本入りした九龍は、小腹が減ったなー……と、成田国際空港第二ターミナル四階の、レストラン街を一人彷徨っていた。
生粋の日本人であるにも拘らず、日本を訪れるのは初めての、カイロ市街でしか生活した経験のない九龍は、見るもの全てが珍しく。
日本人なのに、正しい日本食の味も知らないなんて邪道だ! と無駄に意気込み、一通りの日本食を提供してくれそうな、和食レストランへ入った。
「えっと…………」
食事時は過ぎているのに、踏み込んだレストランは運悪く丁度満席になってしまったばかりのようで、ウェイトレス嬢の申し訳なさそうな顔へ視線を流しつつ、これは、店を変えた方がいいかなと、きょろきょろ、店内を見回し。
「………………ああっ!」
彼は、勢い大声を放った。
見回した店内の一番奥の片隅の、四人掛けの席に、数日前、カイロ市街で行き会った日本人青年二人が、のほほん、と茶を啜っているのを見付けて。
────故に。
京一と龍麻の二人組と九龍は、三日振りの再会を果たした。
実に恐ろしき、『運命』という名の、『星の巡り合わせ』だった。