「へー。お父さんの仕事の都合で、カイロに住んでたんだ」
「はい。そうなんですよー。商社マンなんです、家の父」
「家族全員で、親父さんの転勤に付き合うってのも、大変だなあ。外国じゃ、ガッコの事情とかも違うんだろ?」
「あー、そうかも知れませんけど……小さい時から、ずーっと海外だったんで、逆に、日本の学校の事情が判らないんです、俺」
──和食レストランの入口で、人目も忘れ、「ああー!」と九龍が声を上げれば、彼の大声に気付いた龍麻も、「ああー!」と声を上げ。
全くの他人という訳でもないからと、彼等は相席して食事を摂ることにした。
京一や龍麻は五年振りの、九龍は初めての、日本の味を堪能しつつ。
卓を挟んだ席から、京一は、気安く話せるお兄さん、の顔を作って、九龍に話を振り、龍麻は九龍の隣の席から、にこにこ笑みつつ面を覗き込み、京一が引き出す九龍の話に耳を傾けた。
……尤も。
九龍は、天香学園に転入する為、協会が拵えた偽の経歴に沿いながら、脳内で、矛盾がないよう高速シミュレートをしつつのでっち上げ話を披露したし、京一と龍麻も、九龍のしている話は九〇%以上嘘だろう、と踏みつつ、自分達もカイロを訪れていた日本人観光客の振りしつつ、のやり取りだったので、何処までも、彼等の会話は、狐と狸の化かし合い、だったのだけれど。
「それにしても、あの時は本当に助かりました。ラッキーだったです。たまたま通りすがった、同じ日本人の観光客のお二人が、あんなに強くて。……お二人共、武道か何か、為さってるんですか?」
「うん。まあね。京一は剣道習ってて、俺は空手習ってるんだ」
「へーーーー。凄いですね! 日本男児って感じですね!」
「そうでもないぜ? それにお前だって、一寸はやるみたいじゃねえか」
「俺なんか、大したことないですよ。……ほら、海外ってどうしても、日本に比べれば物騒じゃないですか。だから父に勧められて、一寸だけ、喧嘩に毛が生えたみたいな物習っただけなんです。ナイフも、カイロは、この間の連中みたいに、物騒な物盗りも多いですから、多少の守りになればって、父が買ってくれたものですしー」
だが、それぞれがオーダーした物を食べ終わり、食後の一服、と相成っても。
九龍は、高が剣道や空手を習ってるだけの日本人観光客が、どうして、日本刀担いでたり手甲ぶら下げてたりするんだよ、第一あれは、剣道や空手じゃないだろ、と突っ込みたいのを懸命に堪えながら。
京一と龍麻は、子供の護身用に、あんな刃渡りのあるコンバットナイフ持たせる親が何処にいる、粘るなー、お前……、と突っ込みたいのを我慢しながら。
三人が三人共、空々しい満面の笑みを湛えての『化かし合い』は続き。
「処で、何で葉佩君は日本に?」
もうそろそろいいかな、と龍麻が、『好奇心旺盛』な質問を口にした。
「え? ……ああ、来月の話なんですけど、やっと父が、日本勤務になるんです。だから、俺だけ一足先に、日本に戻ることになったんですよ。本当は、二学期の開始に合わせて帰国したかったんですけど、手続きとか間に合わなくって、中途半端な時期になっちゃって。俺、高校三年なんで、カイロで学校卒業するって言ったんですけど、父が、少しの間だけでもいいから、自分の産まれた国の学校に通ってみなさいって言って聞かなかったんですよー。そんな訳で、渋々」
すれば九龍はスラスラと、何故帰国したのか、何故この時期に日本の高校に転校することになったのかを語り。
「そうなんだ。それも大変な話だね」
「高校三年かー。懐かしーなー。俺等が高校生だったのは、もう五年も前の話なんだ。新宿の、真神学園っつー都立のガッコが母校でさ。……お前も、東京のガッコなのか?」
京一が、然りげ無く質問を重ねた。
「わあ、益々奇遇ですね。俺が編入する学校も、新宿なんですよ」
「へーー。同じ新宿か。……俺、新宿生まれの新宿育ちなんだよ。知ってるトコだったりしてな」
「あ、じゃあ、蓬莱寺さんなら知ってるかも知れませんね。天香学園って言う学校なんです。全寮制の」
「天香学園? ……ああ、名前と場所だけは知ってるぜ。ふーん、あそこか」
「全寮制、かあ……。楽しそうだけど、窮屈そうだなあ、全寮制の学校って」
「そうですねー。一寸聞き齧っただけですけど、ちょっぴり、校則とかも厳しい学校みたいです」
「……そっか。頑張ってね。友達も、沢山出来るといいね」
「はい。頑張ります! ──あ、俺、そろそろ行きますね。成田エキスプレスの切符取ってあるんです。時間来ちゃった。……この間も、今日も、どうも有り難うございました。お二人共、お元気で」
「葉佩君も。元気でね」
「じゃあな。又、何処かで会えたらな」
彼等の問いに、又スラスラと答えながら九龍は、多少は本当のことを混ぜるのが、嘘を吐く時の常套手段だよね、とすんなり天香学園の名前を白状して席を立ち。
嘘か真か、と疑いはしたけれど、九龍の口から、行き先である天香学園の名前を聞き出した京一と龍麻は、時間だ、と立ち上がった彼を引き止めることせず見送った。
「新宿区にある、天香学園、かあ……」
「確かに、実在はしてるぜ? 新宿の現役コーコーセーでも知ってる奴の方が少ない、ドマイナーなガッコだけどな。あそこの名前が出せたんだ、そこだけは本当かもな」
「ふうん……。まあ、いいや。詳しい話は、又後でゆっくり。久し振りの和食も堪能したし、偶然の再会も果たせたから、俺達も行こうよ。今日戻るって、劉には連絡してあるんだ。劉の故郷、何も言わないで引き払っちゃって、そのまま碌に連絡もしなかったから、劉、俺達が行方不明になったー! って、一時期大騒ぎしたらしくってねー……。今日、約束の時間に待ち合わせ場所行かなかったら、俺も京一も、首締められる」
「え。ひーちゃん、あいつに連絡したのか? 泣かれて大騒ぎされんの、目に見えてんのに?」
「しょうがないじゃん。日本に戻るのに、義弟に連絡しない訳にはいかないよ。って言うか、それくらいの連絡する方が、人として真っ当。……京一もさー、面倒臭いとか言ってないで、蓬莱寺のおじさんとおばさんにくらい、連絡しなよ。ご両親なんだから」
「いいんだよ、家は。一々、んなことしなくたって。どうせ、お袋に、『あら、生きてたの?』とか何とか言われて終わるって。親父は親父で、『お帰り』の一言で済ますだろうしな」
「いや、そういう問題じゃなくてさ……」
──九龍が去り、先程よりは静かになった、けれど、相変らず周囲の注目を集めまくってはいる──因みに、自分達が周囲の注目を集めている自覚は、二人にはない──テーブルで、しぶとく茶を啜りながら、軽い話を交わして。
京一と龍麻も、『外見的にも仕草的にも、何て目立つ人達……』との視線を自分達に注いでいる人々で溢れ返る、そのレストランを後にした。
何処までも、自分達が注目の的になっているとは気付かぬまま。