あははー……、と軽い調子で打ち明けた龍麻を、仲間達は一斉にジト目で見詰め、呆れの溜息を送った。

どうして自分から、嫌な匂いの漂う所へ飛び込むのか、と。

「何で皆して、そんな目で見るんだよぉ……。…………あ、そうだ。それよりも京一。天香学園って、本当に新宿にあるんだよね? 京一は知ってるって言ってたよね」

幾対もの視線を、居心地悪そうにモジモジと龍麻は受け流し、逃げるように相棒へ話を振った。

「……っとによー。ひーちゃんは…………。ま、言い出したら聞かねえのは判ってっけどな……。────俺も、大したことを知ってる訳じゃねえ。但、あれは、あー……高一の時だったかな。新宿に、余り知られてないガッコがあるって噂聞いて、行ってみたことがあるんだ。完全全寮制の、随分と校則とか厳しいガッコで、夏休みや冬休みみたいな長期休暇にならない限り、生徒もセンコーも、祝祭日でもガッコの敷地内から出られないトコだ、って話だったから、そのー…………あの頃は、俺も馬鹿な若造だったからよ。そんなガッコのオネーチャン達の制服はどんなんだー? なんつって、剣道部の連中と、ちょろっと」

「オネーチャンの制服目当てで、ねえ……。本当に馬鹿だね」

「…………い、いいじゃねえかよっ。昔は俺だって若かったんだよっ! 何でそんな顔しやがるっ」

「べーつーにぃぃ。京一は、昔も今も馬鹿だな、って思っただけ。…………で?」

「あ? ……ああ、それで。行くだけは行ってみたんだけどさ。結局、何も判らなかった。新宿のど真ん中にこんなガッコがあるなんて、アリなのか? って言いたくなるくらい敷地は広くて、でも、その全部を、槍風の飾りが乗った高い塀が囲んでて、出入り口は正門しかなくてな。その正門も、警備員が常駐してて、俺一人なら忍び込めないこともなかったけど、騒ぎになっても、って思って、引き返したんだ」

「ふうん…………」

だから、若かりし頃の馬鹿の所為で、天香学園を知っている、と京一が言えば。

「あたしも知ってるわよ。天香のことは」

それまで黙って皆のやり取りを聞いていた、杏子が話し出した。

「おお。流石、遠野さん」

「何言ってるのよ、龍麻君。当たり前じゃない。……京一じゃないけど、あたしも昔、新宿の真ん中に変わった高校があるって聞いて、興味持って、調べてみたことがあるの。京一が言った通り、完全全寮制の高校でね、天香って。でも……本当に一寸、変わってるのよね。全寮制の所為もあって、全国から生徒が集まって来る私立高校なんだけど、変に間口が広くて、変に間口が狭いのよ、あそこ」

「変に間口が広くて、変に間口が狭い……? どーゆー意味だ? アン子」

「あくまでも噂なんだけど。やたらと、入学志願者の身上調査が厳しいらしいのよ。でも、所謂『問題児』や、日本の生活にかなり不慣れな帰国子女でもあっさりと受け入れるの。だから、『転校生』が、一寸有り得ない程多いって話だし。学費以外に、丸々三年分の生活費なんかも掛かる学校だから、それなりに裕福な家庭の子供達が大半なんだけど、言葉悪く言えば、そういう家庭にありがちな、『厄介払い』で放り込まれる子も少なくないみたいでね。訳ありな子供達の吹きだまりになってる、って訳。……だけど、『転校生』以外の入学志願者の身上調査はとても厳しい。……ね? 矛盾してるでしょ?」

「…………確かに。一寸変わってるな。変……って言うか……」

「でしょう? で、もっと変なこと。──天香の学力レベルは、大体、如月君の母校の王蘭高校と同じくらいで、卒業生の大学進学率も高いのね。そこそこ優秀な人材を出す学校ってこと。でも、どういう訳か。母校に就職する人間の率が異常なの。殆どの教員が、天香のOBかOGらしいし、小さな街みたいになってる学園の敷地内の各施設に勤めてる職員も、結構な人数、天香の卒業生みたいよ。……要するに。卒業して、大学に進学したりしても、何%かの生徒は、母校に戻っちゃうのよ。あそこは教職員ですら、長期休暇にならないと、学内の敷地から一歩も出られないって言うのにね。わざわざ、戻る。卒業と同時に、学内の施設に就職しちゃう人もいる。……あたしに言わせれば、胡散臭い事この上無いわね」

ロゼッタや、レリック・ドーンのことは知らないが、天香学園のことならと、杏子が始めた話は、そんなもので。

「…………何かあるね」

「……あるな」

龍麻は、京一と二人頷き合い。

「みーーかーーどーーくーーんーーー」

本当に唐突に、にこぉっと微笑み御門に近付き、小学生のように彼を呼んだ。

「……何ですか…………」

「希代の陰陽師で財界のプリンスって噂に高い御門が社長やってる御門グループって、色々手広く商売やってるんだよね? 確か、超大手の警備会社とかも傘下だよねー?」

「…………だから、何です?」

「俺と京一に、バイト先紹介してくれないかなー。出来れば、天香学園の警備員の仕事がいいなー。時給や、福利厚生に関する文句は言わないからさー」

「そう来ましたか…………。……それは、『出来れば』、などという『お願い』ではありませんでしょうに……。確かに、天香の警備を請け負っている会社も、うちのグループ企業だと記憶していますが……」

ずいっと顔を寄せた龍麻から少し身を離し、『渾身のお願い』に、猛烈渋い顔を御門は作った。

「先生……。本気かい……?」

「龍麻…………」

「アニキ……。又、そないなこと言い出して……」

「……京一、いいのか?」

村雨も、壬生も、劉も、皆一様に、「ああー……」と天井を仰いで、如月は、頭痛でもし始めたのか、こめかみを押さえながら京一へと視線を流し。

「…………まあ、ひーちゃんがそうしたいってんなら、俺は付き合うだけだな」

はは……、と、龍麻の唯一のストッパーと成り得る京一は、諦めたように苦笑を浮かべた。

「無茶さえしなければ〜、いいんじゃないかしら〜」

「記事になりそうなネタ掴めたら、絶対連絡してよ!」

だが、ミサと杏子の女性二人は、龍麻を留めようともせず。

「………………………………仕方の無い人達ですね……。──芙蓉」

言っても無駄だろうと、御門は、斜め後ろに控えていた芙蓉を呼んだ。

「はい」

「揉め事に自分から首を突っ込みたがる、この愚か者な二人が言った通りの手配を」

「御意」

命を受け、芙蓉はすっと、座敷より姿を消し。

「有り難う、御門」

「……悪いな」

龍麻はにこにこと、京一は何処までも苦笑したまま、御門に軽く頭を下げた。